ラップ現象

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わたしは今、東京へ戻る新幹線の中にいる。そして超満員の新幹線に恐れおののいている。グランクラスやグリーン車を含むすべての指定席が満席のため、自由席で空席を見つけるしかなかったからだ。

だが本当の意味で戦慄が走ったのは、席がどうこうという部分ではない。アルミホイル、サランラップ、そしておにぎりの存在に震えたのだ。

 

 

超満員の新幹線、とはいえちょっと考えればこうなることは容易に想像がついたはず。一般的には明日が仕事初めとなる企業が多いため、正月休み最終日の最終列車が混むことくらい、その辺の学生でもわかりそうなもの。

さらにわたしが乗ろうとしている新幹線は、金沢駅発の「はくたか」という列車。上越妙高駅や飯山駅に停車するため、スキーやスノボ帰りの客がわんさか乗っているのだ。

 

そんな人気列車へ無謀にも途中駅から乗りこむわたしは、「満席」の二文字を前に戦々恐々としていた。

 

しかし15分前行動が得意なわたしは、自由席の切符を買うとまだ誰もいないホームへと降りた。そして4両しかない自由席の先頭車両の乗車口を陣取った。

――これで、少なくとも先頭車両に空席があればわたしのものだ。

 

すでに氷点下の長野市は、外でぼーっと立っていたら凍死しそうな寒さ。いや、寒さというより痛さを感じる。だがわたしは何がなんでも席を確保するべく、心を無にして立ち尽くさなければならないわけで――。

 

そしていよいよ、「はくたか」が入線してきた。

 

 

通路にあふれるほど乗客がいたらどうしよう、という不安は一発で吹き飛んだ。さすがに2人掛けはほとんど一杯だが、3人掛けの真ん中はポツポツと空いている。そこで新幹線内へ踏み込むと、すぐさま入り口近くの3人掛けの真ん中へと突入した。

 

とりあえず席が確保できてホッとしたわたしは、実家から持参したおにぎりが入っているジップロックを探す。

時期が時期ゆえ、満員の車内でおにぎりを食べるという行為にうしろめたさを感じないわけではないが、飲まず食わずで東京まで向かうのはヒトとしての限界を迎える。だったら早い時点でおにぎりを食べてしまい、後は知らんぷりで眠ればいい――。

 

じつはおにぎり以外にも気になることがあった。それは「本日の服装がちょっと派手である」ということ。何を隠そう、例の災害用アルミホイルを巻いているため、わたしの周囲だけピカピカと輝いているのだ。

だが今回こそが、このジャケットが最高にフィットするシチュエーションだと自負している。まるでスキーウェアのような銀ピカジャケットを着たわたしが、スキーのメッカである長野駅から乗車したとなれば、これは間違いなく「スキー帰り」となる。いくら派手でも、悪目立ちもしなければ理想的なスキー客にしか見えない――。

そう言い聞かせると、ジップロックからおにぎりを一つ取り出した。

 

両脇を、スキー帰りと思われる20代前半の男女に挟まれているわたしは、手作りのおにぎりに恥ずかしさを覚える。「もっとシャレた食べ物にすればよかったな」などと軽く後悔しながらも、銀ピカのジャケットから出たゴツイ手で、それこそ銀ピカのアルミホイルを静かに剥がしはじめた。

 

ギシャギシャギシャ

(!!!)

 

――ア、アルミホイルというやつは、わりと大きな音がするんだな。

日頃からアルミホイルに包まれた物を食べる機会もなく、ましてやシーンとした車内でギシャギシャ音を立てながらアルミホイルを剥いだ経験などないわけで、どんなにそっと手を動かしてもうまくいかない。あげくの果てには、焦りのあまりにアルミホイルが細かくちぎれ、ポロポロと床に落ちていく。

 

だがわたしも立派な大人だ。床に散乱するアルミホイルをさりげなく踏むと、両隣りの若者に悟られないように冷静さを保ちつつ、アルミホイルを剥ききるという難関を突破した。

あとはサランラップだけなのでビビることはない。

 

シャラシャラシャラ

(!!!!!!)

 

なんと、サランラップのほうがアルミホイルよりも豪快に響く音を出すじゃないか!これはサランラップではない、サランラップもどきだ。旭化成のサランラップはこんな高音で装飾品のような音は出ない、クソッ、類似品だ。

 

この音には驚いた。両隣りの若者が同時にわたしのおにぎりに目を向けたくらい、わたし自身も二度見してしまった。だが今回も決して焦りを見せないように、大人の威厳を保ちながらサランラップもどきをはがす。

しかしこいつは、1ミリ動かしただけでもシャラシャラと民族楽器のような音を出してくる。ならばいっそのこと大きく剥がしてやろうか、と思えばそれに比例するかのような大音量の高音が響き渡る。

(助けてくれ、地獄だ・・)

とはいえ、ここで止めたら若者らは内心大笑いだろう。

「こいつは満員電車でおにぎりを食べようとして、うるさい音の出るサランラップに怯んでおにぎりを断念した。ダッセー!」

これだけは避けたい、何としても避けたい。なぜなら相当カッコ悪いじゃないか!

 

シーンと静まり返った車内で、顔から火が出るほどの恥ずかしさを噛みしめながら、わたしはとうとうおにぎりへとたどり着いた。ついにやったぞ!ようやく白い米粒と対面できた!

とはいえここまでの珍事件は記憶に新しい。若者らが描くわたしのイメージを払拭するためにも、さっさと食べてさっさと寝よう――。

そう決めたわたしは、おにぎりを一口で半分ほど食いちぎってやった。

 

ガブッ

 

(んん~、大好物のチャンジャじゃないか。うまいなぁ~)

その瞬間、わたしは血の気が引いた。少なくともわたしの周囲数メートルに充満するは、かぐわしいチャンジャの香り。

乗車率百パーセントの高密度の車内は、ただでさえ乗客をイライラさせる。それなのに香り豊かなニンニク臭など放てば、さらなる怒りを誘発すること間違いなし。

 

検討の余地などない。半分残ったおにぎりを全力で頬張ると、ろくに咀嚼もせずに飲み込んだ。

 

おにぎりは3つあったが、これ以上食べるにはメンタルの訓練が必要となる。無念ではあるが、わたしは静かにジップロックを閉めた。それから、凍りついたかのように固まっている両隣りの若者を、視野の隅っこでチラチラ観察する。

(まさかこの失態をツイートしてないだろうな・・)

すると二人とも顔はマスクでしっかりと覆われており、イヤフォンを装着しながら見つめるスマホの画面にはYouTubeが流れていた。通路を挟んだ向こう側の若者も、マスクにイヤフォンでスマホにかじりついている。

 

(そ、そうだった!いまはコロナ禍ゆえマスクは必須。そして一人旅ならばYouTubeに決まってるじゃないか!)

 

つまりアルミホイルの音も、サランラップもどきの音も、そしてチャンジャのにおいも、この若者たちには届いていなかったのではないかと思う(願う)。

 

サムネイル by 鳳希(おおとりのぞみ)

 

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