ほぼ終電の山手線車内はカオス

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地下鉄の終電に間に合わなかったわたしは、久しぶりにJR恵比寿駅から歩いて帰る方法を選んだ・・いや、選びたくて選んだわけではない。それしか手段が残されていなかったのだ。

本来ならば地下鉄で最寄り駅へ向かい、そこから数分歩けば自宅に到着するところを、恵比寿駅から歩くとなるとおよそ30分かかるわけで、これはもはやトレーニングどころか苦行である。

それでも、少しでも自宅に近づかなければ永遠に帰宅は叶わないわけで、なんとか終電間際の山手線に乗り込んだのだ。

 

それにしても、久々に乗り合わせた深夜の山手線は相も変わらず酷い。猛烈なアルコール臭がただよう不快な車内には、酒を飲んで出来上がった乗客しか見当たらず、急停車のたびにドミノ倒しのように雪崩が起きるのだ。

乗降客の多い駅で空いたシートに滑り込んだわたしは、ドミノ倒しの巻き添えをくらうことは免れたが、倒れていく客らに足を踏まれたり抱きつかれたりと、それなりに被害を被り不愉快だった。

おまけに・・いや、この不愉快な気分を払拭するかのように、向かいの席で割とイケメン同士の若者が乳繰り合っていた。

(乳繰り合う・・は男女が戯れることを指すから、この場合はなんて言うんだ?)

 

アルコールの力に後押しされてか、男女ならぬ男男は堂々といちゃついていた。男Aが相方の髪の毛をむんずと掴むと、相方である男Bはその手を振りほどきながら男Aの左耳に齧りついた——あぁ、なんかいいな。

よくあるBL(ボーイズラブ)は、線の細い中性的な男性らによる美しい情事のイメージだが、それはあくまで二次元の世界観であり、現実的にはそう上手くはいかないもの。目の前の男性カップルも、決して細身の草食系ではないどころか、高身長に長い手足とガッチリとしたフォルムは、高校時代にアメフト部で競い合った仲間のようだ。

当時は、クリスマスボウル(高校アメフトの頂上決戦)への出場を目指して切磋琢磨していた二人は、いつしかチームメイトの枠を超えた信頼関係を築くようになった。ぶつかり合う屈強な肉体、先を読んだ戦略的な攻撃——そんな過酷な環境を共に生き抜いた彼らには、信頼を上回る感情が芽生えたのだ。そう・・その尊い感情こそが"愛"だった。

(まぁ、ざっとこんな感じだろう・・)

 

それにしても、もうすでに0時半を回っているというのに、なんなんだこのニンゲンの数は。たしかに今日は金曜日、明日は仕事も休みで羽を伸ばしたい気持ちは分かるが、酒を飲むことがそんなに楽しいのだろうか。

つり革に手首を突っ込んだ状態で立ったまま寝ているサラリーマン、隣同士にもかかわらず大声を張り上げて会話をするOL、そして電車の揺れに耐えられず隣人にぶつかり口論となるオッサン——。

立ち寝しているサラリーマンは別として、他は皆アルコールを摂取したことにより大脳新皮質の働きが鈍くなり、その逆に普段は抑制されている大脳辺縁系の活動が盛んになったことで、己の感情や声量をコントロールできなくなっているのだ。

 

アルコールなど、百害あって一利なし。肝臓で「アルコール脱水素酵素」や「ミクロゾームエタノール酸化系」によって分解されたアルコールは、毒性の強いアセトアルデヒドになる。こいつが悪さをすることで、吐き気や頭痛、頻脈、顔面・身体の紅潮といった不快な症状をもたらすのだ。その後「アルデヒド脱水素酵素」によってアセテート(酢酸)に分解され、最終的に血液を通じて全身を巡り、水と二酸化炭素に分解された後に体外へと排出される。

要するにアルコールは、体内で分解されなければ単なる毒であり、この時点で人体にとって悪影響を及ぼしているといえるわけだ。

気分がよくなるとか楽しくなるとか、それはアルコールによって脳が麻痺しているだけで、その程度の快楽は己のチカラでやってのけろよ——と、むしろ声を大にして説教してやりたいくらい。

 

(・・お、恵比寿だ)

イライラが爆発する前に恵比寿駅についたわたしは、出口の向こうに一台のタクシーが停まっているのを発見した。ラッキー!これで歩かないで済む。

 

——こうして、苦行を遂行することなくカネのチカラで楽に帰宅したわたしだが、終電間際のカオスな山手線を、どこかちょっと懐かしく思うのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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