私の下半身にしがみつく女

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わたしに霊感はないが、明らかな超常現象に遭遇しているのだから、もしかすると霊感に目覚めたのかもしれない。そう思わざるをえないほど、あり得ない状況に巻き込まれている。

(いや、これは過去にも経験したことがある気が・・)

そんな記憶がにわかに蘇る。そしてその時もわたしは逃げることができず、最後はどうなったんだっけ。よく覚えていないというか、今はうまく思考が回らないから思い出せないが、とにかくピンチであることに変わりはない。

 

まず先に、今の状況を説明しよう。なんと、わたしの胴体から下半身にかけて、女の霊がまとわりついているのだ。まとわりつくというより、ものすごい力でしがみつかれている。逃れようにも相手は霊体、どれほど必死に振りほどこうとしても、その腕に触れることはできない。所詮、わたし一人がもがいているだけなのだ。

 

(なんでこんなことに巻き込まれてるんだ・・)

考えたって答えは出ない。これらの現象を論理的に解明できたら、オカルトなんてものは存在価値を失うわけで。それでもとにかく、この女を振り払って逃げなければ大変なことになる——。

(・・大変なことって、なんだ?)

生霊だか亡霊だか知らないが、この女に引きずり込まれてわたしはどこへ行くのだ? その先になにがあるのだろうか? しかもなぜ、霊はわたしに対して物理的な干渉ができるのに、わたしは霊に対して影響を及ぼすことができないのか。そもそも一方的な干渉というのが、この世で存在するのだろうか——。

 

三次元空間において、認識できない者からの攻撃が可能なのかどうかは分からない。だが少なくとも、わたしはこれまでの人生でそれを経験したことがない。相手がわたしを攻撃するならば、わたしも相手に接触することができるはず。無論、身体を拘束された状態であれば別だが、互いに自由な状態で一方的な干渉というのは、霊体やエネルギー体といった四次元の存在でなければ理屈が通らない。

とはいえ、三次元のこの世へ四次元の存在が介入できるというのも理解に苦しむ。なぜなら、二次元または一次元の世界へ三次元のわれわれが足を踏み入れられないように、次元が異なればそれは想像上の世界としか言いようがないのだから。

 

そんな屁理屈を並べながらも、わたしの背中から腰にかけてものすごい力でしがみつく、この女をどうにかして振りほどこうと死力を尽くした。絡みつく灰色の腕を何度も掴もうとするが、見事にスルーされる。それなのに、みるみる下腹部が締め付けられていくではないか。

(なぜなんだ?!なぜこんなことが起きるんだ?!)

逃げ出そうにも立ち上がることができない。女は地面から自身の体を伸ばしているため、二本足の人間が対抗しようとしたところで、とてもじゃないが敵わない。それどころか、わたしの体も徐々に地面へと引きずり込まれつつあり——いや、実際には地面にのめり込むはずがないので、そういう妄想に憑りつかれているのだろうが——、このままでは"わたし"という存在はこの世から消えるのではなかろうか。

もしもそうなったら、わたしはいったいどこへ行くのだろう。いわゆる「あの世」とか「パラレルワールド」へ移動するのか、はたまたただ単に命が果てて死ぬだけなのか。

ちょっと興味はあるものの、パソコンの電源も落としてないし、やり残した仕事もたまっているし、冷蔵庫には今日中に食べきらなければならない食材がたくさん入っているし、このままこの世を去るのは色々と問題がある。

 

(・・ダメだ、わたしはまだ消えることはできない)

 

そう決意した瞬間、わたしは渾身の力で地面を蹴り上げ、女を巻きつけたまま立ち上がった。この先、女を引きずったまま生きても構わない。おもりを付けていると思えば、むしろいいトレーニングになるだろう。とにかく、このまま腰をへし折られるくらいなら、自らの足で抗ってやろうじゃないか——!!

 

 

その瞬間、わたしは目を覚ました。案の定、左腰は激しく痙攣しており、背中から太ももの裏まで強烈な筋収縮、いわゆる"こむらがえり"が起きている。あまりの痛さに顔を歪めるほどの、ものすごい筋肉の収縮だ。

ところで、あの女はどこへ行ったのだろうか。叫びたくなるほどの苦痛を残して、女は無責任にも消えてしまったのか。

——いや、この筋膜炎こそが悪夢の正体だったのだ。

 

もしかすると"悪夢を見るときは、体のとこかに不調をきたしているのかもしれない"と、なんとなく確信したのである。

 

サムネイル by 希鳳

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