不健康オタクの危機

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健康診断も人間ドッグも受診したことのないわたしは、糖尿病をはじめとする諸々の病魔に怯えながら生きている。

思い返さずとも、明らかに不健康を増進するかのような乱れた食生活を長年繰り返しており、いつ病に倒れてもおかしくはない。さらに睡眠時間は不規則で、眠りにつくのは日が高く昇ってからという、社会人として最低な見本を示しているのであった。

 

そんな生活が正しいだとか理想的だとか、自分だけは特別なのだとか思っているわけではない。いつだって内心ビクビク怯え、いつ心臓に激痛が走るのかいつ脳の血管が切れるのか、不安と恐怖に苛まれながら生きているわけで。

 

そんな不健康オタクのわたしが、ついに血圧を測る機会を得た。

 

 

場所は某ホームセンターの医療機器コーナー。血圧のほかにも脳年齢や血管年齢を測る器具が置かれてあった。もちろん"ご自由にご利用ください"というもので、普段は年寄りで賑わっているのだろう。

バスを待つ間の暇つぶしがてら、わたしは血圧測定器に右腕を通してみた。そもそも自ら血圧計を扱ったことなどないので、正しい測定方法を知る由もない。だがわたしは「どうせ正常値だからどう測ったって問題ない」と高を括っていた。

 

何年、いや十年前くらいか。何らかの理由で血圧を測ったことがあるが、看護師に手取り足取りやってもらったので、わたしはただ腕を彼女に預けているだけだった。そしてその時の数値は、上が90台で下が50台だったと記憶している。

(血圧というのは、100を超えたら高血圧なのだろう)

・・そんな思い出が薄っすらと蘇る。

 

上着を脱ぐと裏起毛のトレーナーを着たまま、血圧計の丸いトンネルに腕を差し込んだ。厚手のトレーナーのせいで前腕部分までしか輪っかに入らないため、そこで腕を止めると手のひらを上に向けて静かに息を整えた。

(スタート・・・っと)

ウィィィーンという音とともにトンネル内部が狭まり、それと同時にパネルに表示された数字がみるみる上昇していく。そして前腕がギューッと搾り上げられたところで、プハーッと一気に開放された。

今度はみるみる下降する数字を眺めながら、「いったいどのくらいの数字が高血圧の部類なのだろうか」と、参考数値が記載された表を確認しようとしたところ、わたしの測定結果が表示された。

 

(上112、下76・・・)

 

数値を見た瞬間、目の前が真っ暗になった。たしか数年前、血圧の上は100を切っていた。おまけに下は60を切っていたはずだが、年を重ねた今、なんと上は100を超えているではないか——。

これはまぎれもなく高血圧だ。やはり、あの不摂生な食生活が祟ったのだ。遅かれ早かれこうなることは予想していた。だがまさか、こんなにも早く不健康に転落するとは、さすがに心構えができていない。

 

しかし、この数値は「正常範囲内」となっている。とはいえ、一般的にはそうなのかもしれないが、わたしとしては納得がいかない。なぜなら、数年前は上も下も二桁だったのだから・・・。

 

夜中に食べようと思っていたベイクドチーズケーキとショートケーキを、そっと母に手渡す。

——不健康の手本となるような生活を送りながらも、これといった不調が現れなかった今までに、わたしはいつしか胡坐をかいていたのだろう。自分は大丈夫、自分は特別なのだ・・と、どこか勘違いをしていたのだろう。

 

茫然自失のわたしは朦朧としたままバスに乗り、いつの間にか帰宅していた。

 

 

老人二人が暮らす実家には、やや立派な血圧測定器が置かれてある。先ほどの結果にショックを受けたわたしは、なんとなくネットで血圧について調べてみた。

(・・なになに、「厚手の服を着ていると血圧が高く出てしまう」だと?!)

血圧を測る際には心臓の高さに腕を置くことや、2ミリ以上の厚手の衣服を着用しないこと、また、腕まくりをして血管を圧迫しないこと・・などの注意事項が存在する模様。

 

おまけに、わたしは"究極の誤測定"をしたことを知り、思わず赤面した。なんと、血圧というのは二の腕あたりの上腕部で測定するのだということを、今の今まで知らなかったのだ。

先ほどのわたしは、疑うことなく前腕部で測定した。それは、衣服の厚みでそれ以上腕が入らなかったことも影響しているが、そもそも前腕部で測ればいいと思い込んでいたのだ。

おまけに中腰の姿勢で腕を突っ込んでいたため、腕の高さといい衣服の厚みといい腕の位置といい、すべて間違った状態で測定していたのである。

 

(もしかすると、そのせいで血圧が高かったのかもしれない・・・)

 

そう思った瞬間に、ひと筋の光が見えた。わたしはさっそく母から血圧の測り方を教わると、今度はトレーナーを脱いで二の腕にカフを巻き、心臓の高さに腕を横たえると静かに深呼吸をした。

(よし、いくぞ!)

力強くスタートボタンを押すと、液晶画面に数字が表れみるみる上昇していった。そしてカフの緩みとともに一気に下降し、あるとき数字が確定した。

 

(上106、下64——。)

 

やはり上は100を超えていたが、ホームセンターの悪夢は多少なりとも払拭されたわけで、この数字を見た瞬間にわたしは冷蔵庫へ走ると、ベイクドチーズケーキとショートケーキを取り出した。

 

当たり前だが、不摂生はよくない。とくに食生活には気を配るべきだ。

(・・・明日から、規則正しい食生活に改めることとしよう)

 

サムネイル by 希鳳

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