柔術が秘めるポテンシャルを垣間見た瞬間

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突然だが、無数の細かいトゲが皮膚に刺さる経験はあるだろうか? 田舎の草むらを歩くと、無数のバカ(オナモミやセンダングサのような、先端の尖ったトゲのある植物。ちなみにオナモミのトゲは、マジックテープのヒントとなったらしい)が衣服にくっ付くことはあるが、皮膚に刺さるほどの鋭い植物に身を晒すような真似は、普通はしないだろう。

ところがわたしは、ついうっかり手の甲に大量の細かいトゲを刺してしまったのだ。しかも室内で——。

 

チャタテムシを根絶するべく、入居十年目にして初の大掃除を敢行したわたしは、ピカピカになったフローリングに寝そべっていた。なぜかというと、電気代を節約するべくエアコンの設定温度を"自動"にしているため、室内はなにげに涼しくないのだ。そのため、最もひんやりしている床にへばりつくのが、一番の暑さ対策なのである。

(ふぅ、冷たくて気持ちいい・・・ん??)

横っ面を床に押し付けながらゴロゴロしていたところ、わたしの目にとある不愉快な光景が飛び込んで来た。それは、アップライトピアノの下にたまった"ホコリの絨毯(じゅうたん)"だった。

 

わたしは先週、目で見て確認できる範囲のホコリを除去し、マイペットで拭き掃除をしたのだが、ピアノの下までは気が回らなかったのだ。そこでむくっと起き上がると、すぐさまキッチンペーパーを引きちぎり、ホコリの絨毯めがけて滑り込ませた。

いくら「のぞき込まなければ視認できない」とはいえ、気付いてしまったのだから無視はできない。さらに、チャタテムシがこのホコリを寝床にしていないとも限らないわけで、1%でも可能性があるならば徹底的に潰さなければならない——。憎悪というより、むしろ狂気に近い感情を抱きながら、わたしは必死にキッチンペーパーを左右に動かした。もっと奥まで手を伸ばさなければ、すべてのホコリを除去できない・・もっと奥まで!!

 

こうして、床に額をこすりつけて必死に拭き掃除を終えたわたしは、清々しい気持ちでキッチンペーパー丸めると、全力でゴミ箱へ叩き込んだ。あぁ、これでもう我が家は正真正銘ピカピカである!

・・などとほっこりしたのもつかの間、両手の甲に無数の傷跡があることに気がついた——いや、傷跡ではない。細かいトゲがたくさん刺さっていたのだ。

 

ピアノ経験者でも、アップライトピアノの裏側を見たことのある人は少ないだろう。現にわたしも直視したことはないわけで、木材でできていることは間違いないが、その表面がどうなっているのかまでは不知である。

(まさか、ベニヤ板みたいなのがむき出しに貼りつけてあるのか・・)

確認することはできないが、まぁそういうことだろう。実際に、痛みを伴わない程度の細かなトゲが、何本・・いや、何十本も刺さっているのだから間違いない。さらに、それらを抜こうにもどちら側から刺さっているのか分からないほど、水平にめり込んでいるのだ。コロコロで手の甲を撫でても、水道水で勢いよく洗い流しても、なにをしても"トゲ"が動くことはなかった。

(皮膚のターンオーバーを待つしかないか・・)

抜けないものはどうしようもない。われわれ人間には"ターンオーバー"なる機能が備わっているため、しばらくすれば皮膚が生まれ変わるのだ。そうすれば自ずと、刺さったトゲも表面に押し出されることだろう。何もせずともチクチクする違和感はあるが、傷みというほどの苦痛は感じない。であればやはり、ターンオーバーを待つしかないな——。

 

「あきらめの速さ」に定評のあるわたしは、すぐさま気持ちを入れ替えると、再びフローリングに横たわり昼寝に入った。

 

 

(・・・あれ?)

ジムの更衣室でわたしは、己の体に起きた異変に気がついた。なんと、手の甲が「まぎれもなく傷だらけ」になっていたのだ。おまけに、刺さっていたはずの無数のトゲが、見事に消えているではないか!!

 

いったいなにが起きたのかというと、手の甲にトゲを従えたままブラジリアン柔術の練習をしたわたしは、道衣の袖と皮膚が擦れあうことでトゲを取り除いてしまったのだ。正確には、「トゲを内包した皮膚が摩擦により破れ、その勢いでトゲも体外へ放出された」という感じか。

ちなみに痛みはまったく感じないわけで、こんなラッキーが起こるとはまったくの想定外だった。そしてこう思ったのだ。

(柔術って、すごいな・・・)

 

llustrated by おおとりのぞみ

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