脳がバグったことで冒険ランクが「1」上がった話

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最近、わたしの脳みそはどうかしてしまったのかもしれない。昔からどうかしているのは間違いないが、それでも特にここ最近、妙な感じがするのである。

(・・・あれ? 利き手ってどっちだっけ)

まさかの事態に直面したわたしは、小さなハサミを左手の中指と親指に引っ掛けたまま考えた。いま、右手のささくれをカットしているのだが、使用している眉用ハサミは右利き用にできているため、いざ左手で使おうとするとくちゃっとなってしまい、思うように切れなかったのだ。・・そう、このハサミを左手で使うことはできなかったはず。

かといって普通のハサミでは、サイズが大きすぎてささくれに引っかかることもないため、どうやっても右手のささくれを処理することができなかったのだ。そういえば、今まではどうしていたんだろう——まったく記憶にないのである。

考えられる対処法としては、絆創膏やシルクテープを巻いてささくれが自然と朽ちるのを待っていた・・とかだろうか。もちろん、左手に出現したささくれに関しては即座にカットしていたが、爪切りではなく「ハサミ」を用いていたことを鑑みると、やはり右手のささくれは"切除"ではなく"温存からの衰弱"を選択していたと思われる。

 

それなのに今、なぜかわたしは無意識に左手で眉用ハサミを掴み、右手に出来たささくれを根元からきれいにカットしたのである。しかも「切りにくい」といった感覚は皆無で、むしろ思うようにちゃっちゃとカットできたのだ。

この眉用ハサミは右利き用にできているため、左手で使うと切れ味が悪い・・というか、切れない。これは"刃の合わせ方の問題"で、力を入れるべき方向が左右で逆になることから、うまく切ることができないのだ。とはいえ解決策はある。二枚の刃をよく見ながら、紙なりなんなり"対象物に垂直に当てること"ができれば、サクサクとはいかないにせよ裁断は可能。

それなのに、そういった特別な努力や工夫をすることなく、わたしは数ミリのささくれを見事にカットしきったのである。いったいなぜ——。

 

なんとなく違和感を覚えたわたしは、右手で眉用ハサミを握るとTシャツのタグのほつれた糸を切ってみた。利き手である右で右用のハサミをつかうのだから、なんら問題なく切れるはず・・・き、切れない!!!

これにはおったまげた。わたしはいつから、ハサミを左手でしか使えないようになったのか——。たしかに、食事の際に箸やフォークを左手で使うクセがある。あとは、歯磨きも左右両手でブラッシングしている。鉛筆は右手だが消しゴムやマーカーは左手・・など、どちらかというと両手を使う傾向にあったが、それでもハサミは右手で使いこなしていたのは間違いない。

厳密には、右用のハサミを左手で使ったことはあるし、紙類ならば左手でも切ることはできた。だが、使いにくいものをあえて用いる必要もないわけで、右用のアイテムはちゃんと右手で使いこなしてきたのだが・・。

 

それなのに、ここへきて急に左手が優位になったのだ。これは物理的な話ではないから、わたしの脳になんらかの変化が起きたとしか思えない。

そういえば今、ピアノの練習で「とにかく指先を脱力させて弾く」という難易度の高い訓練を実施しているのだが、感覚的には"肩あたりから指が生えている感じ"まで脱力ができるようになってきた。とはいえ、ちょっとでも調子に乗ったり油断したりすると、すぐに指を使い始める往生際の悪い脳であるため、常に神経をピりつかせながら力を抜くことに全力を注いでいるのであった。

(もしかして、その影響か・・・?)

脱力すなわち無になることに没頭するあまり、わたしの脳は利き手がどちらかを忘れてしまったのかもしれない。なぜなら、ピアノもパソコンもスマホも両手を満遍なく使って作業をしている。そして食事と歯磨き、あとはトイレットペーパーなんかも左手を使っているため、右手が活躍するであろう"字を書くこと"に遭遇しなければ、もはや利き手がどちらなのか分からない状態なのだ。

——そんな毎日を送っていたため、脳がバグったのだろう。

 

どうも腑に落ちないが、なぜか左手で右利き用のハサミをさばく技術を身に着けたわたしは、冒険ランクが1上がったような気分なのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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