人糞遺棄事件簿

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いかに高級住宅地・白金といえども、道を歩いているとウンチと遭遇することはある。とはいえ、それらは明らかに犬のウンチであり、いくら金持ちであっても飼い主の人間性を疑いたくなる光景でもあるのだが。

しかしながら排泄物というのは、生み出した”主”の消化器官の調子を反映したり誤飲した異物の確認ができたりする、直接的かつ貴重な「物的証拠」といえる。とはいえ、決して美しくて魅力的な物ではないので、顔を近づけてまじまじと見つめるのは気持ちのいいものではない。

それでも、愛するペットの体調管理のためにはウンチを観察する必要があり、かくいうわたしも何度も乙のウンチと対峙したわけで——。

 

そんなことを思い出しながら、街路樹の根元に転がる小さなウンチを尻目に駅へと急ぐのであった。

 

・・このような経験ならば比較的よくある話だが、なんと「ニンゲンのウンチが落ちている」というシチュエーションに遭遇したことのある人物が複数人いることに、わたしは驚きを隠せなかった。

「なんかこの車両空いてるなーと思ったら、ウンチが落ちてたんですよ」

突如そんなカミングアウトを聞いたわたしは、己の耳を疑った。——JR線の車内に、人糞が落ちているだと?!

 

終電近くの時間帯や金曜日の夜などに、稀に嘔吐物がぶち撒かれている場面に出くわすことはある。だが仕組みとして、食道が弛緩し横隔膜と腹筋の収縮により内容物が押し出されるのが嘔吐であり、それを止めるための”ゲート”といえば食道括約筋だが、嘔吐時には弛緩するため役に立たない。要するに、不可抗力的な側面が強いのが嘔吐なのだ。

対する便は、肛門括約筋——中でも随意筋である外肛門括約筋をギュッと締めることで、便の排出をなんとか食い止めることができる。無論、下痢のような緊急事態では外肛門括約筋も「力及ばず」だが、節度あるオトナならばある程度は自身の便意をうかがいながら乗車するわけで、車内で脱糞をする・・しかもそれを車内に遺棄するなど、やはりどうしても理解できないのである。

 

——しかしながらこの考えは、わたしが女性であるがゆえのものだった。

「トランクス履いてたら、隙間からストンと落ちるんだよ」

なるほど・・裾がパカパカしたトランクスならば、物体を閉じ込めることはできない。しかも、女性ほどはレギンスタイプのズボンを履かない男性陣ならば、便はトランクスを通過してズボンの内側を滑り落ち、あっという間にくるぶし辺りから地面へ到達してしまうわけだ。

ましてや夏場など、ハーフパンツのようなガバガバのズボンだったりすれば、肛門が開くと同時に足元へブツが落下することになり、まさに悲劇——。

 

それにしても、どうにかしてウンチが床に落ちないように配慮するのがオトナというもの。つまり、”車内に転がる人糞の主”は子どもだったのかもしれない。

(いや、子どものほうが無理をしないから、乗車前にトイレへ行くだろうな・・)

いずれにせよ、「世の中には色々な人間が存在するんだ」ということを噛みしめながら、その場を後にしたのである。

 

 

「女子トイレにウンチが落ちてて・・それをUGGのブーツで踏んじゃってさ、洗うのもイヤで捨てたんだよね」

先ほどの「車内ウンチ遺棄事件」を聞いていた友人が、わたしの履いているUGGのスリッポンに視線を落としながらそう呟いた。

UGGといえば高品質なシープスキンが特徴で、靴の内側を覆うモコモコの天然ウールが保温と吸湿の役割りを果たすなど、高機能なブーツとして名を馳せている。そんなUGGでウンチを踏んだ、しかも女子トイレで・・だと?!

 

「多分だけど、子どもが我慢できなくてしちゃったんじゃないかと。それが靴底の隙間にまでこびりついてて、臭いにも耐えられず捨てちゃったんだけど、いま思えばもったいなかったなー」

そりゃそうだ。UGGは決して安くはないので、うんちくらいで捨ててしまうのは惜しすぎる。とはいえ、かくいうわたしもゴキブリを踏んだビルケンシュトックを、マンションのゴミ置き場へ蹴り捨てた経験があるので、その気持ちは分からなくもない。たとえ綺麗に洗浄したとしても、異物を踏んだ感触が残っている以上は、もう二度とその靴に足を入れたくない・・と思ってしまうからだ。

 

それにしても、「人糞が落ちていることなど、日本においてありえない!」などと憤慨していたわたしは、所詮は世間知らずのお嬢さまだったのかもしれない。いや、もしかすると白金界隈で目撃する犬のウンチと思われる物体が、じつはニンゲンのものだったりする可能性も・・それはないか。

やはり動物のウンチは、見ればすぐに人糞ではないことが分かる。サイズ感や色などで判断するわけだが、それ以前に言葉に出来ない圧倒的な「人外感」を放っているため、見間違うことなどないのだ。

(・・わたしもいつかは、人糞遺棄現場に遭遇するのかな)

 

決して望んでいるわけではないが、そうなったらなったで踏まないように注意しながら、しばし観察してみようと思う。

 

サムネイル by 希鳳

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