プラセボ(偽薬)

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2月の終わりから3月の頭にかけて、必ずといっていいほど強烈な空咳に見舞われるわたし。その名も「咳喘息」というもので、呼吸困難に陥るほど咳き込んでしまう、恐ろしいアレルギー発作なのだ。

特効薬はないので、継続的にステロイド剤を吸入し続けるしか治療方法がない。そのため、一発目の咳から3週間は、吸入薬が手放せない生活を強いられるわけだ。

 

今年もご多分に漏れず、3月上旬にコホンと空咳が出た。あぁ、やはり逃げ切れなかったか・・・とガッカリしつつも、常備薬として置いてあるブデホル吸入粉末剤60吸入を薬箱の奥から引っ張り出した。

ブデホルはジェネリック医薬品で、先発製品は「シムビコートタービュヘイラー60吸入」である。しかし、有効成分がまるで同じであれば、安価で手に入るジェネリックを選ばない理由はない。

ということで、お守り代わりのブデホルを吸うことにしたのである。

 

使用済み吸入器のカウンターは30を指している。つまり、残りがおよそ30吸入で、一回2吸入を朝晩吸うとなれば、一週間ほどでカラになる計算だ。

そもそも来週の頭にはクリニックへ行く予定なので、この土日を乗り切れば問題ない。よし、思い切って吸い込もう!

 

・・それにしても週末というのは、なるべくならば病気や怪我にはなりたくないもの。かかりつけ医が休みだったり、夜間や休日診療の病院が近くになかったりと、不便であるがゆえに不安を煽るからだ。

そのため、発作を抑える吸入薬やニューキノロン系抗菌薬など、急速に進行する症状を改善する薬は常備しておくべきである。

 

ちなみに、吸入薬であるブデホルのデバイスは、厳密には「タービュヘイラー」ではない。タービュヘイラーとは商標登録された吸入器の名前だが、構造が単純なため、ほぼタービュヘイラーである吸入器から、ブデソニドなどの有効成分を吸い込むことで、肺の抹消まで薬剤が届く仕組みになっている。

そんなブデホルの吸い方は、ストローで飲み物を勢いよく吸い込むように、スーッと思いっきり吸入するのがコツである。吸入力が弱いと肺まで薬剤が届かないので、自信を持って大きく吸わなければならない。

ただし薬剤は無味無臭のため、実際に吸い込めたかどうかが分からない。そのため、残量カウンターを確認しながらクルッカチッと確実に回転させて、「たのむ、ステロイドよ肺まで届け!」と祈りながら吸い込むのであった。

 

 

そして4月2日の今日、クルッカチッと吸入器を回して薬剤を充填すると、勢いよく吸い込んだ。よし、しっかりと肺まで届いた感じがする――。

しかし不思議である。カウンターの残量が0になってから、かれこれ2週間が経過するが、いまだに吸入器の回転グリップが回るので、クルッカチッを繰り返しているのである。

一体いつになったら、回転しなくなるのだろうか。

 

(・・・まさか)

 

色々と調べた結果、案の定、薬剤が空になったら吸入器が使えなくなる仕組みではなかった。つまり、永遠にクルッカチッが続くのだ。

とはいえ先月、咳の発作が酷いときに追加で頓用吸入したら、見事に咳が鎮まったではないか。朝晩2吸入ずつ、せっせと吸い続けたおかげで、かなり症状が緩和されたではないか。あれらは一体、なんだったんだ・・・。

 

そう、わたしはカラの吸入器を吸っていたのだ。幻のステロイド剤を吸ったつもりで、発作が治まっていたのだ。

心の底から安堵しブデホルの存在に感謝した、純真無垢な思いを返してくれ。というか、カラの薬剤を吸い続けるとは、ある意味詐欺ではないか。そうだ、わたしは詐欺にあったのだ!

 

――あぁ、これこそがプラセボ効果というやつだろう。ステロイドを吸入したことによる安心感から、自然治癒力が高まった結果、咳が止まったのだ。

プラセボなんぞに引っかかるのは、情弱で単純極まりない人間に違いない!と高をくくっていたわたしは、人間が持つ意識の強さと自然治癒力を思い知ることとなった。

ということは、もはや医者いらずなのではなかろうか?なぜなら、ステロイドと同等の効果を「思い込み」によって引き出したのだから。

 

 

そしてわたしは、空のブデホルをそっとゴミ箱へ捨てたのである。

 

サムネイル/ブデホル吸入粉末剤60吸入「ニプロ」

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