時期的に花粉症と一致するのだが、花粉ではなくもっと大きな「何か」が原因で、この症状が誘発されている気がするのだ。たとえば気圧の変化とか、潮の流れとか。
わたしはほぼ毎年、2月の終わりから3月の頭にかけて、風邪の症状からの咳喘息になる。しつこい咳さえなければ「花粉症」といってもいいくらい、サラサラした鼻水とのどの痛み、体の怠さといった症状が現れるのだ。
そこで、10年前に大規模なアレルゲン検査を行ったところ、「該当するものはありません」という結果が出た。花粉やハウスダスト、カビなどの「吸入性アレルゲン」と、食べ物などの「食物性アレルゲン」、そして化粧品や金属などの「接触性アレルゲン」について検査をしたが、いずれも非該当だったのだ。
「これ以上アレルゲンを探したところで、それは避けられないものである可能性が高いから、知ったところでどうしようもないですよ」
と、医者から説得されて諦めた経緯がある。
そして最終形となる咳喘息までのパターンは毎回決まっている。まずはのどの痛みだ。「部屋が乾燥しているのだろうか?唾を飲み込むとのどが痛いな・・」というくらいの、違和感程度の症状が現れる。
そこで、ゆっくり休んだり温かい格好をしたりと、十分に気を使った生活を送るのだが、その数日後に鼻水が発生するのだ。サラサラの透明な鼻水ゆえに、ウイルス性ではなくアレルギー性のものだろう、と判断できる。
それと同時に、耳が詰まるような感覚も起きる。あくびをするとよく聞こえるようになる、アレだ。のども鼻も耳も繋がっているからこそ、こうやって症状が広がっていくあたり、人間の体とはよくできたものだと感心してしまう。
ここまでで終わってくれれば御の字だが、黒幕は今か今かと出番を待ちわびている。最初ののどの痛みからおよそ一週間、とうとう真打ち登場となる。そう、空咳が出始めるのだ。
序盤の咳は、冷たい空気を吸ったとか飲食中にむせたとか、ちょっとしたきっかけで出る程度。だが数日後には、呼吸ができなくなるほどの恐ろしい咳となって、わたしを襲ってくるのだ。
実際に見なくてもわかるくらいに気道が腫れあがり、その表層に分布する知覚神経を通じて、咳中枢を猛烈に刺激することで咳が出続ける。しかも下手すると、呼吸困難に陥るくらいに激しい咳がでるため、命の危険すら感じるレベルなのだ。
「この、のどぼとけの下の輪状軟骨を切開して、そこへストローを刺すことで、とりあえず気道の確保はできるね」
いざとなった時の応急処置を、外科医の友人から教わったことがある。
もちろん、自宅で死にそうになった時の応急処置だから、メスなどあるはずもない。よって、サムギョプサルを切るハサミで気管切開するしかないのだ。
さらに麻酔もない状態でやるのだから、痛いどころの騒ぎではない。しかも一人暮らしのわたしは、自分で自分の気管切開をするわけだから、気を失ったら終わりである。
・・これは本当の意味で、終わりである。
というわけで、わたしはお守り代わりに「ブデホル吸入粉末剤」を常備している。これはジェネリックの製品で、先発品は「シムビコートタービュヘイラー」である。
名前はシムビコートのほうがカッコいいが、吸入器のフォルムはほぼ同じ。そしてシムビコートのキャップは赤いが、ブデホルはオレンジ色である以外に違いは見られない。
一年ぶりにブデホルをガサゴソと探し出すと、カチッと回して吸い込んだ。ちょうど今日、空咳が出始めたタイミングのため、ひどくなる前に吸引しておくのだ。
あぁ、こんな生活が三週間も続くのは憂鬱である。とくに今のご時世、咳に対して過敏に反応されるため、電車の中で咳でもしようものなら、殺意まじりの緊張感が走るだろう。
いったい何が原因で咳喘息が誘発されるのかは不明だが、とにかくこの時期、このタイミングで必ずこうなることだけは分かっている。
そしてのどの痛みを皮切りに、その後の流れが変わることも止まることも、決してないのだ。
どうあがいても気道は腫れあがり空咳までつながるわけで、黙っていても最悪のフィナーレまでまっしぐら。せめて咳の手前で終わってくれたなら、多少はマシなストーリーになるのだが。
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