未病の疑い

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病気というのは、明らかな症状がないまま密かに忍び寄ることがある。とくに「沈黙の臓器」と呼ばれる肝臓は、なんらかの症状が現れたころにはかなり進行していたりする。

アルコールを頻繁に摂取するわけではないので、まさか肝臓が悪いなどとは思いもしなかったが、ある日、薬剤師の友人がこう叫んだ。

「どうしたの?!顔がまっ黄色だよ!?」

さらに別の友人からも、

「顔が黄色いですよ、黄疸だ黄疸!」

と笑われたのだ。だがこの時は身に覚えがあった。前日の夜中にポンカンを20個食べたからである。あれだけ黄色い食べ物を食べたら、さすがに皮膚も黄色くなるだろう。

「足の裏もまっ黄色だねぇ。角質層に沈着しやすいらしいから、まさに柑皮症だろうね」

冷静な友人が、わたしの足の裏や手のひらをまじまじと見つめながらつぶやく。なるほど、厚い角質層にに沈着するのか。だから、柔術衣の摩擦で皮膚が厚くなった顔面も、黄色くなったのか――。

 

この辺りまでは、わたし自身も軽い気持ちでポンカンや文旦(ぶんたん)のせいにしていたわけだが、昨日、看護師の友人が恐る恐る告白してくれた内容に、まさかの肝機能障害を疑った。

「え?みかんの食べ過ぎで黄色いんですか?私てっきり、肝臓が悪くて黄疸が出てるんだと思って、気にはなっていたけど触れたらいけないと思ってスルーしてたんですよ」

なんと!医療現場で働く看護師の目から見て、わたしの顔や手足の黄色さは、肝機能障害を疑うほど病的なのか?!

・・ま、待ってくれ。ならばわたしの白目を見てくれ。どこをどう見ても純白に煌めく白目からは、黄疸は確認できない。つまり全身の黄色は黄疸ではなく、柑皮症による皮膚の黄染ということで間違いないだろう。

 

しかし病気というのは、症状が現れた頃には手遅れという可能性もある。毎日大量の柑橘類を摂取していることは事実だが、その裏で肝機能障害が起きていないとも限らない。

つまり、沈黙の臓器が悲鳴の代わりに黄色信号を灯しているのかもしれないわけで、侮れないわけだ。

 

そしてじつはもう一つ、病気を疑う箇所があった。あるとき、何気なく触れた左右の下腹部が、やけに膨らんでいることに気が付いたわたしは、とっさに子宮筋腫を疑ったのだ。そしてすぐさま、子宮筋腫の治療経験がある友人にメッセージを送った。

「わたし子宮筋腫かも。ちょうど子宮のあたりに、硬いしこりのようなものがある」

とはいえ、生理痛がひどいとか腹痛があるとか便秘気味だとか、何らかの兆候があるわけではない。ただ単に、奇妙なしこりがあるというだけで。

そして友人から詳しく話を聞くうちに、ふと嫌な予感がよぎった。それは一枚の画像を見た瞬間に、なんというか直感で気づいたのだ。――これは多分、子宮筋腫ではない。

 

その画像とは、見事なシックスパックを見せつける男性の裸体だった。きわどいところまで下げたパンツから生える隆起した外腹斜筋に、思わず目が釘付けになる。

そう、わたしのしこりは、まさにこの形をしているのだ。

念のためちょっと腹筋に力を入れてみると、腰骨の上あたりから鼠径部へと繋がる筋肉一帯が、たしかに硬くなった。こ、これは、紛れもなく筋肉だ。

 

焦るわたしは、とりあえず後日婦人科を受診する旨を伝えて、友人との会話を終わらせた。だがなんとなく、いや、明らかに自信がある。これは外腹斜筋というやつだ――。

 

とはいえ、やはり侮ってはならない。無症状の病気を発見できたのは、たまたま受けた人間ドックがきっかけだった、という話はよく聞く。つまり、偶然のきっかけが病気の早期発見につながるのだ。

よって、わたしは肝機能障害と子宮筋腫の疑いを晴らすべく、近々クリニックを受診しようと思う。その結果、顔や手足が黄色いのは柑橘類の食べすぎが原因で、下腹部のしこりは筋腫ではなく見事な外腹斜筋だった場合、それはそれで笑い話になるわけで、一石二鳥というわけだ。

 

Illustrated by 希鳳

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