暇を持て余す、無職の友人からメッセージが届いた。
「白金高輪駅から徒歩2分、タワマンの真下に廃墟みたいな一軒家があるの?バラエティー番組でやってた」
なんだと?・・そのエリアは、我が庭じゃあないか。むしろ我が家も駅から徒歩2分、しかし廃墟でも一軒家でもないが。
というか、白金高輪駅から徒歩2分圏内にあるタワマンといえば、駅直結のアレと、つい最近完成したアレくらいしか思い浮かばない。
だが駅直結のマンションのことを「徒歩2分」とは言わないだろうし、そもそも廃墟など存在しない。もしもあったら、タワマンは建たなかっただろう。
となると、土地開発により新たに建設されたアレか。
たしかにあの近くには古い家がある。だが、廃墟というには失礼すぎる古さ(新しさ?)である。せめて「ボロ家」くらいのレベルだろう。
(・・・ん、待てよ。アッチのことか!?)
そういえば、白金方面ではなく高輪方面にもタワマンはある。そしてその真下というか真隣りに、そこだけ時代がタイムスリップしてしまったかのような、古い家が建っているのだ。
両隣りをタワマンに挟まれたそのボロ家は、静かに、しかし確実に、禍々しい執念を放っているかのように存在する。
そして半年ほど前、その家の前面の敷地が、時間貸しの駐車場として様変わりしたのは記憶に新しい。
さっそく友人へ、Googleマップのストリートビューを送る。
「うーん、それじゃない。もっとボロかった」
なにっ!?あれよりもボロい家など、我らが高級住宅街・白金には存在しないぞ。
すると逆に、友人からテレビ番組のキャプチャーが送られてきた。
(・・あぁ、あの家のことか)
そこには「都心の一等地に、取り残されたかのような古い一軒家」というキャッチフレーズで、たしかに近所のボロ家が映っていた。
(てか、タワマンの真下じゃないし、廃墟でもないんだけど・・・)
友人の口の悪さというか、ヤツの「言語『誤』変換能力」を忘れていた、わたしが悪い。
だがその家は、立派な「ボロ家」ではあるが「廃墟」ではない。なぜならつい先日、近所を徘徊した際に、
「それにしても立派な家だな。文化財として残したらいいのに」
と、立ち止まりしばらく眺めたアノ家だからだ。
昭和前半の匂いをまとう家屋には、多くの亀裂が確認できる。しかし、まるで蔵のような、尖った三角の瓦屋根には似つかわしくない、西洋風の異色な出窓が目を引く。
この家を建てた当時は間違いなく、オシャレで最新の高級一軒家だったに違いない。
さらに何十年もの間、あらゆる天変地異を乗り越えてきたであろうコンクリートの壁は、今も見事に存在感を誇示している。
しかし残念なことに、アノ家は近々取り壊されるらしい。地域再開発という名の不可抗力によって、昭和の遺産はこの世から消え去るのである。
売れば10億円ともいわれるその土地よりも、地震や台風にも屈せず、令和の今も堂々と佇むアノ面構え、いや、家構えにこそ価値があるはず。
こじんまりとしたボロ蔵の壁面から飛び出る、シャレた出窓と窓ガラス。ペアガラスではなさそうだから、冬はめちゃくちゃ寒いだろう。
それでもアノ家ならば、室内でダウンジャケットを羽織りながら暮らしてもいい。
――そう思わせてくれる、高貴な哀愁が漂うのである。
刻々と、ボロ家周辺の土地買収は進んでいる。その証拠に、平地の駐車場が日に日に増えていく。
白金地区の土地開発に待ったなし。こうなるともはや、「ボロ家」という呼び方は誉め言葉である。
都心からボロ家が消え去る未来も、そう遠くはないだろう。
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