高校2年のとある土曜日。バスケ部だった私は、試合でどこかの地域へ遠征していた。
その日は、全国統一模試が行われた。進学校であるわが校の生徒らも、例外なく模試を受験した。ただし試合や遠征が重なる時期だったため、体育会系の部活に属する生徒は、ほとんどが受験できなかった。
全統模試は、どうやら全校生徒が受験しなければならないらしい。つまり、試合や遠征で当日受験できなかったメンバーは、後日、自宅で受験することとなった。
――後日
たしかあれは日曜日だった。気持ちのいい朝で、高校生ながらもカフェラテなど片手に、優雅な模試前のひとときを過ごしていた。
試験たるもの、冷静さが必要。万全な状態で臨んでこそ、日ごろの学習の成果が発揮できるというもの。
私はマグカップを置くと、さっそく、シャーペンを握った。
*
自宅模試から2週間ほどたったある日の午後、校長室へ呼ばれた。そこには、担任と学年主任、ほかにも見覚えのあるメンツが立っていた。みんな若干、青ざめている。
「模試は、自宅で受験したんですよね?」
校長は、緊張した面持ちで私に尋ねた。
「はい」
なぜこのような当たり前のことを聞かれているのか、理解できない。
「最近は、勉強を頑張っていたのでしょうかね」
またもや、意味不明な質問をされた。
「いえ、とくには」
回りくどい言い方ばかりせず、単刀直入に聞いてもらいたい。只事(ただごと)ではないことくらい、高校生の私でもわかる。大のおとなが雁首そろえて青ざめた顔をしていれば、なにか事件が起きたことくらい察しが付く。
そんな重々しい空気を切り裂くように、学年主任が口を開いた。
「この前の全国統一模試で、おまえが全国5位だったんだよ」
――ま、まさか
もはや言葉は出なかった。県内でもトップなど取るはずのない私が、全国で5位?
そんなはずない、と自らが思うならまだしも、この学校の教師らは誰一人として、私がそんな高成績を出すとは微塵も思ってもいない様子。あげく、県の教育委員会(?)から「感謝の言葉」が届いたらしく、教員一同、青ざめたらしい。
ここまで信頼されていないのも珍しいが、裏を返せば、絶大な信頼を得ているということかもしれない。
――なぜなら、教師らのその反応が正しいからだ
県内トップどころか、校内トップすらとったことのない私が、なぜ模試で全国トップがとれるのか。
「うちの学校の顔に泥を塗ってくれたな・・」
担任は絞り出すように言葉を吐いた。
――なぜだ。
自校の生徒が全国トップの成績を収めたのだから、喜ぶべき快挙のはずだ。それがなぜ、こんな重苦しい空気になっているのだ。
「模試は、どのように受験したのですか?」
校長は努めて冷静に質問した。
「ふつうに、家でテーブルに向かってやりました。たまに寝っ転がったりしたけど」
それを聞いた担任は顔を紅潮させたが、私は無視した。
「非常に聞きにくいのですが、カ、カンニングなど、してないですよね?」
――これか。
こいつらは全員、この質問の答えが知りたかったんだ。舐めやがって。
「してません。まる一日使って埋めましたけど」
私はいけしゃあしゃあと答えた。こうなったら、カンニングが「真の不正」なだけで、カンニング以外の手段ならば「セーフ」といえる空気感だ。
だれが自宅でカンニングなんかするか。私にはカンニングにおける強いポリシーがある。正々堂々と、命がけで行うのがカンニングだ。カンニングは己の人生を賭けた闘いなのだ。
誰も見ていないような平和で安全な場面で行うカンニングなど、カンニングではない。それこそ単なる不正行為だ。
怒りに震えながら、舐め腐った教師どもを睨み返した。
*
幼気(いたいけ)な高校生の私は、傷ついた。しかしその失敗をバネに、実際のセンター試験では、英語・数学・国語の3科目で満点を叩きだしてやった。
そう、私はマークシートの鬼だったのだ。記述式ではボロが出るが、マークシートの勘は凄まじく冴えていた。さらに、マークシートはカンニングがしやすい。もはやマークシートのテストなら、ぶっつけ本番でもかなりの確率で突破できる気すらする。(完全に気のせい)
――こうして私の学習方法は、学ぶことよりもいかに完璧なカンニング力を身につけるかに偏っていった
※これらはすべてフィクションです
Illustrated by 希鳳
コメントを残す