不沈服、抜錨ォッ!

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我が家の洗濯機は洗濯容量5.5キロ、決して大きくはないが一人暮らしであれば十分なサイズだ。ちなみに5.5キロという大きさは、ニトリの毛布を丸ごと洗えるほどの容量だ。つまり、洗濯という行為に不満が出る大きさではない。

 

たった今、洗濯が始まったばかりの洗濯槽の中身を凝視しながら、わたしは全力で祈っている。いや、むしろ「戦っている」というべきか。

本日の洗濯物は通常よりも量が多い。我が家の洗濯機が調子よく稼働する最大量は、道着上下1着、インナー1セット、タオル2枚、普段着上下1セット、下着や靴下1セット、このくらいだろう。しかしこれは最大量であり適正な量とはいえない。なぜなら洗濯機が、苦しそうにもがきながら洗濯物を回転させるからだ。

 

だが今日に限って洗いたい衣服が多い。しかもどうしても今日洗濯したいものばかりで、明日に持ち越すことはできない。

「2回に分けて洗濯すればいいじゃないか」

ごもっとも。だがそんな当たり前のことができるのならば、今ここで洗濯槽をのぞき込むようなことはしない。2回に分けて洗濯ができないからこそ、わたしはこうして仁王立ちになっているのだから。

 

グォングォンと鈍い音を立てながら洗濯機が回転する。いや、回転しようとしているが、明らかにキャパオーバーの衣服同士が、押し合いへし合いぶつかり合って水流が生まれない。空回りではないが、見ている限りで衣服の移動は確認できない。それどころか、洗濯物の頂上に乗っかっているグレーのトレーナーは、水に浸かることすら叶わない。薄い灰色は健在で見事に乾いている。

(・・まずいぞ)

まだ洗濯は始まったばかりだが、わたしは一抹の不安を覚える。さっきから洗濯物はノロノロと、まるで流氷が移動するかのようなスピードで動いている。このままではトレーナーが水に触れる日は来週になるだろう。どうしたらいいんだ――。

 

すると突然、これまで動きのなかった洗濯物が大きく動いた!いや、これは言い過ぎか。これまで全く動きのなかった洗濯物が、やや動いたのだ。

死んだはずの友人がビクッと動いたら、びっくり仰天だが嬉しいだろう。大行列の最後尾で並んでいて、一気に5歩も進めたら大喜びだろう。――これらと同じ心境だった。ほんの少しの変化だが、これまでがほぼ静止状態だったゆえ、わたしにとったらビッグウェーブに襲われるのと同じくらい、大きな衝撃だったのだ。

 

(さっきまで見えていた道着の襟部分が、半分水に浸かった!)

 

洗濯物の山の構図は、灰色のトレーナーを頂点に、その下が道着という位置付け。その道着の襟が、なんと半分くらい水に浸かったのだ。これはかなり大きな変化といえる。さっきまでは触れることのできなかった水と、ようやく出会えたのだから。

だが油断はできない。襟が水に浸かったとはいえ、道着の右半分はまだその恩恵にあずかっていない。――頑張れ、なんとか水に潜ってくれ。

 

5分が経過した。「洗い」は15分のため、すでに三分の一が終わったことになる。ところがトレーナーはおろか、道着の右半分は相変わらず水に触れることなく、モゾモゾと揺さぶられるばかり。もはや洗濯できているかいないかよりも、水に濡れるか否かのほうが重要。わたしは目に力を込めて乾いたままの洗濯物をにらむ。

(たのむ、とにかく濡れてくれ!)

そんな願いもむなしく、洗濯物はじつにゆっくりと微妙な揺れを繰り返している。まるで、合唱コンクールで熱唱する小学生のように――。

 

10分経過。とてもじゃないが冷静さを保つことができない。残り5分だというのに、頂上のトレーナーは相変わらずカラッカラのままではないか!

道着については、微妙な揺れの連続から徐々に水を吸い上げたようで、水には浸かっていないが水分を吸収した痕跡が見てとれる。とりあえず洗剤入りの水を吸収しているのだから、多少なりとも洗えているだろう。あとは「すすぎ」のときに、イイ具合に濯(すす)がれてくれればどうにかなる。

しかしトレーナーは絶望的だ。これじゃ洗濯機に入れようが入れまいが変わりない。たのむ、せめてその薄い灰色を濃い灰色に変えてくれ――。

 

15分経過。ゴォォォという排水音とともに、「洗い」の水が抜けていく。洗剤が溶けている貴重な水がみるみる消えていくのを、わたしはただ呆然と見つめるしかなかった。

結果としてトレーナーは、15分間まったく位置を変えずにただただ洗濯物の山の上に乗っかっていただけだった。まるで海面から顔を出した氷山のように――。

わたしは慌てて一時停止を押すと、腕まくりをしてトレーナーを押し込んだ。他の衣服が邪魔でなかなか水へとたどり着かないが、とにかくグイグイ押し込んでトレーナーが見えなくなるまで腕を突っ込んだ。

(これじゃ手洗いと同じじゃないか!!)

悔しさを噛みしめながら、薄っすらと涙がにじむ。

 

――もう二度と、洗濯物は入れすぎないようにしよう。

 

サムネイル by 希鳳

 

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