我が高級メガネ、さらに高級化された上でようやく実装へ

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「オレのほうが重い病気にかかったことがある」とか「私のほうがひどい怪我だった」などなど、どっちが重症なのかを競うかのような”謎の自慢話”を聞いていると、その幼稚かつ低レベルな人間性に反吐が出る。

だが、視力に関して「自分も同じくらい目が悪いから、分かるよ」的なことを言われると、「それは絶対にありえない!」と、ムキになって反論したくなる気持ちが湧いてくるのは、いかんせんわたしの悪い癖。相手のほうが視力が良かろうが悪かろうが、そんなことはどちらでもいい話。感情を乱すことなくスルーすればいいだけなのに、その発言にイラっとするとは・・なんとも大人げないメンタルである。

 

しかしながら、メガネ店で「自分も同じくらい目が悪いので、分かりますよ」というような発言をされて、しかもその店員が着用しているメガネの度数が明らかにわたしより低いことが見て取れる場合に、「いやいや、オマエになにが分かるねん!」と、全力で突っ込みたくなる心理は理解してもらいたい。

なぜなら、そのせいで購入したレンズがフレームからはみ出たり、レンズが重すぎてメガネのバランスが悪くなったりと、わたしの視力を甘く見積もったせいで幾度となく痛い目に遭ってきたからだ。

 

そもそも、健常者でわたしよりも目が悪い者(マイナス13.5)になど未だかつて会ったことがないし、わたしくらいのいわゆる「最強度近視」になると、他人のメガネを見ればおよその度数が分かるどころか、相手の眼球を見ただけでも目の悪さが判断できるわけで、このような経験からも軽いノリで「目が悪い者同士」的な共感・共有は、わたしにとっては迷惑この上ない押し付け行為なのだ。

 

そんなわたしは、とある”洒落たメガネ”を忌々しく見つめていた。

それは、レンズ込みで10万円を超える高級なメガネで、フレームは気に入っているがレンズの度数が合っていないため、オブジェとして飾るしかなかった——いや、視界に入ると腹が立つので箱に入れてしまってあった。

 

なぜこのようなことになったのかというと、メガネを作る際に「僕もそうですが、パソコンで仕事をしたり自宅でかけたりするだけならば、度数が強くないほうが楽ですよ」との助言を受けたわたしは、(たしかに外出時にメガネをかけることはないし、しっかりと視力を出すと歪みが出るから逆に怖いんだよな・・)と納得した。

さらに、その店員が「今は昔と違ってレンズは薄くて軽いので、どんなフレームでもはみ出ることはありません」と断言した。そんなわけない・・と内心思いつつも、店員の顔を立てるためにそこはスルーしたが、出来上がってみれば案の定、フレームからしっかりとはみ出たレンズに仕上がっていたのだ。

おまけに、レンズが重すぎて前にずり落ちる始末であるにもかかわらず、店員は前言を撤回することなく平然と対応を続けた——そんな無自覚な無責任さに、怒りを通り越して呆れたことを思い出す。

 

というわけで、近視が軽ければ多少度数を落としても影響はないのかもしれないが、わたしのような最強度近視の域では、「多少の見え方の違い」というのは「かなり大きな見え方の違い」になるのだということを、今さらながら知ったのである。あぁ、なんとも高い授業料だった——。

そんな”哀れな子羊”の救世主となったのは、日本が誇るメガネの大手老舗「(PARIS MIKI(パリミキ)」。たまたま隣の駅近くに店舗があったことと、過去にも他店で作ったメガネの修理やノーズパッドの取り換えを行ってもらった経緯から、「どうせなら(あの腹立たしい店員がいる)購入店ではなく、パリミキでレンズ交換をやってもらおう」と考えたのだ。

 

それにしても、顧客が抱える「裏切りや不満に対する怨念」というのは、販売者側が想像する以上に粘着質で闇深いものかもしれない。どちらかというとバッサリ割り切るタイプのわたしが——まぁ、10万円という金額的な部分も関係しているのかもしれないが、未だにこのメガネを見ると購入時の嫌悪感と殺意が再燃し、「もう二度とあの店へは足を運ばない」と誓うほどなわけで・・。

そんなわたしの「CS(顧客満足度)向上」に貢献してくれたのが、救世主たるパリミキだった。

一般的には、他店で購入したメガネの修理や調整は行わないのが主流。その理由は、フレームで使われている材質の強度が不明だったりネジや部品の有無だったりと、様々な事情から拒否せざるを得ないからだ。しかしながら、さすがはパリミキ。しつこく「何かあった際の保障はできない」旨のエクスキューズはされるも、最後にはわたしのメガネを受け取ってくれたのである。

 

ちなみに、店内で視力測定やフィッテイングを済ませた後、店員との会話で「メガネは単純に視力だけの話ではなく、『なんとなく』のバランスが重要だと思うんですよね」という話になった。

今回のレンズを決めるにあたり面白かったのは、彼がわたしに「これから3枚のレンズをランダムに入れるので、どれが一番いい感じだったか教えてください」といって、度数の異なる3枚のレンズをブラインドで試させたことだった。通常は「じゃあもう少し強いレンズを入れてみますね」というように、次のレンズの種明かしをする場合が多いが、その「先入観」を取り除くべく度数を伏せてランダムに試させたので、純粋に見え方・・というか「しっくり感」にフォーカスできたのだろう。

要するに、ヒトにとって数字では表せない「なんとなく」は、じつは非常に意味のある指標なのだ・・というわけか。

 

 

紆余曲折を経て、今度こそ我が高級メガネが完成する。あぁ、ついに「10万円+3万5千円」という超高級メガネを装着する日が来るのだ——。

自宅でしか使用しないメガネであるにもかかわらず、なんだか感慨深いのである。

 

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