或煙草の一生  URABE/著

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あーぁ、行っちまったよ。

まぁ俺はこれでよかったけど、あのおっさんは困るんじゃねぇのか?って、俺がいなくなったところでまた新たな仲間を買えばいいだけか。

 

しっかしひどかったなぁ、今回は。

 

 

俺らタバコはかなり嫌われており、今じゃ絶滅危惧種とまで言われてるらしい。逆にいえば高級嗜好品なわけで、粗末に扱わないでもらいたいが。

だが今回のおっさんはひどかった。とにかく耳が遠いんだろうな。いつもつるんでる兄ちゃんとの会話もすっとんきょうだった。

 

「あのさ、仕事の途中で邪魔しないでくれよ」

「ん?」

「邪魔しないでくれよって言ってんの」

「あぁ、わかった。ジムな。途中でジムへは行かないよ」

「なーに言ってんだよ、邪魔だよ邪魔!」

 

タバコの俺にもわかる低レベルな会話をしているが、まったくかみ合わない。おっさんと兄ちゃんは現場作業員をしているが、今日は突然ハローワークってところへ行ったんだ。その途中でおっさんが俺を買ったというわけ。

 

暇さえあれば喫煙所でプカプカやって、吸い終わるときったねぇズボンに俺を突っ込んで室内へ戻る。その繰り返しでずいぶんとしわくちゃになったもんよ。

おまけにニッカボッカん中が蒸し暑いせいで、俺自身もしんなり汗ばんでくる始末。どうせならこんなおっさんのくせぇポケットじゃなくって、いい匂いのするキャバ嬢のポーチがよかったぜ。まったく。

 

「だーかーらー、オレの邪魔すんなって言ってんの」

「だれが邪魔したんだよ?」

「おめーだよ!おめーがいつもオレの邪魔してんの!」

「あぁ?オレがいつアンタの邪魔したんだよ?」

 

またこの会話か!なんでこの二人は結論のない話を続けるんだ?しかもこれ、パチンコの話だぜ。

さらにおかしいのは、若い兄ちゃんがおっさんを「おまえ」呼ばわりして、年上のおっさんが兄ちゃんを「アンタ」って呼んでるんだよ。どこにその上下関係があるんだか、俺にはわかんねぇ。

 

「ちきしょう、今度こそ邪魔すんなよ?」

「わかったよ、今度は邪魔しねーよ」

「じゃあ降りようか」

「おう、鶴見でよかったよな?」

 

ハローワークから現場へ戻る二人は、鶴見駅で電車を降りることに。そしておっさんが立ち上がった拍子に、ズボンのポケットから俺がこぼれ落ちた。

だがおっさんは気付かない。そうだ、耳が遠いから落ちた音にも気がつかないんだ。

さらに他の乗客も俺の滑落に気づかない。そもそもこの二人の会話を奇異な目で見ていた、いや、見ないようにしていたわけで、タバコが落ちようが視界に入るはずもない。

 

そしておっさんと兄ちゃんは電車を降りた。もちろん俺は車内に取り残された。入れ替わりで人間が乗り込んでくるが、俺を避けるだけで誰も拾おうとしない。

ーーまぁそうだよな。俺らタバコは嫌われ者だからな。

 

俺はあと数本残ってる。だがおっさんの汗でしんなりしてるし、ズボンのポケットで折れ曲がったせいで吸いにくくなってる。ましてやしわくちゃのケースで床に落ちてたら、だれも拾いたくも吸いたくもないだろう。つまりこのままゴミ箱行きだ。

 

あーぁ。ワインばりの高級嗜好品にもかかわらず、俺の人生は最後までひでぇもんだったぜ。来世こそはキャバ嬢のポーチに滑り込んでやるからな!

 

(グシャッ)

 

 

(完)

 

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