小さな赤い点

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(——あぁ、わたしはなんと愚かで傲慢な生き物なんだ)

 

検索画面を見つめながら、わたしは己が犯した罪の大きさに愕然とした。

室内をウロチョロする小さな虫は、どれも害虫だと決めつけてすぐさま殺すのは、ニンゲン特有の悪癖である。それがたとえ蜘蛛やゴキブリだとしても、刺したり噛みついたりといった攻撃をするわけでもないのに、弁明の余地すら与えずに瞬殺するなど、許されざる行為だからだ。

 

しかもわたしは、蜘蛛こそ苦手だがその他の虫はそこまで嫌ではない。

ゴキブリなど、正面から突進してきた個体をサッと避けた瞬間、わたしの靴底で圧死する・・という逆フェイントに引っかかるほど、望まざる好相性なわけで。

とはいえ、室内しかもデスク周辺で小さな虫を発見すると、パソコンや周辺機器に影響があっては困ると思い、咄嗟に捕獲(その後、殺害)してしまうのだ。

 

そして今、パソコンを開き電子申請を行っていたところ、わたしの視界に何やら不自然な動きを見せる小さな点に気がついた。この動きは、ゴミやホコリが浮遊しているわけじゃない。飛蚊症を疑ったがそれも違う——間違いない、虫だ。

漆喰の白い壁をチロチロと這いずり回るは、見たことのない小さな赤い虫。直径は1ミリにも満たない、本当に小さな"点"である。

 

(赤い虫など害虫に決まっている。キノコだって、赤いやつは毒キノコなんだから)

 

すぐさまティッシュを引き抜くと、その小さな赤い点に向かって鉄槌を下した。物理的な手応えはないが、本能的に捕獲した感触を得たわたしは、そっとティッシュをひっくり返してみる。

(よし、見事に駆除完了)

小さな赤い点の死骸をゴミ箱へ捨てると、どんな害虫なのかを知るべくGoogle検索してみた。小さな赤い虫・室内・・・っと。

 

どうやら、ヤツの名前はカベアナタカラダニというらしい——フン、全身真っ赤のどこが宝だよ、笑わせてくれるぜ。

そしてタカラダニについて読み進めていくうちに、わたしはみるみる青ざめた——もしかしてわたしは、とんでもない過ちを犯してしまったのではなかろうか。

 

正式には「クモ網ダニ目前気門亜目タカラダニ科アナタカラダニ属、カベアナタカラダニ」というあの小さな赤い点は、5月から7月にかけてコンクリート壁をチョロチョロ動き回るダニだった。しかも発見されるのはすべてメスなので、単為生殖を行っている模様。

そんな得体の知れないカベアナタカラダニだが、どうやら花粉を食べて生きているらしい。そして、コンクリート壁をうろついている理由は「多孔質の材質にくっついている花粉や有機物を食べているのではないか」と推測される。

気になる名前の由来は「セミに赤いダニがたくさんくっ付いた姿が、宝物を抱えているように見える」という、信憑性に欠ける安易な説であるが、少なくとも赤いダニが宝物に見えるほど、想像力豊かな子どもは現代にはいないだろう。

 

そして何よりも、ヒトを刺咬したり吸血したりすることはないのだそう。そのため、マダニやツツガムシと比べると健康被害は圧倒的に少ない。

そんな無力で無害な小さな赤い命を、無知で愚かななわたしは無情にもひねりつぶしたのだ。放っておいてもなんら問題はなかったはずなのに、赤い虫は害虫だろうから・・という勝手な思い込みで、尊い命を奪ってしまったのだ。

 

(あぁ・・取り返しのつかないことをしでかした)

 

人畜無害であるうえに、たった二か月しかお目にかかれないカベアナタカラダニ。もしもこのことを知っていたならば、わたしは鼻で笑って見逃しただろう。どうせあと一か月の命、なにも急いで殺す必要などないのだから——。

それなのに、無知なわたしはカベアナタカラダニの生態を知らないばかりに、己の独断と偏見でヤツを木端微塵にしてしまった。こんな極悪非道な行為、許されるはずもない。

 

(わたしはいったい、どんな罰を受けるのだろうか・・)

 

 

奪う必要のなかった小さな赤い命、その重さがズシっと肩にのしかかる。

一寸の虫にも五分の魂・・そんなことわざが脳裏をよぎる中、わたしはじっと己の手を見つめた。

 

Illustrated by 希鳳

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