古びた雑居ビルの二階にある雀荘で、麻雀をしながら時間を潰していたわたしは、半荘(ハンチャン)が終わった時点でトイレへ行くため席を立った。
(たまにあるんだよな、テナント内にトイレがない店・・)
このビルには、一つのフロアに4つのテナントが入っているが、各部屋にトイレはついていない。そして不思議なことに、水道とガスコンロはついているので、カップラーメンやドリンクを作ることはできる。
しかし、用を足すにはいったん部屋を出て、各フロアに一つ設置されている共用トイレを使うしかないため、4人の共同作業である麻雀の場合、一つの区切り目を迎えるまではトイレもお預けとなるのだ。
そしてわたしは、雀荘を出るとトイレへと向かった。そもそも年季の入った建物であるため、トイレの清潔さに期待は持てない。すると案の定、昭和の公衆便所のような薄汚れたトイレが現れた。
なによりも絶望的でありえないのは、すべてのトイレにドアが付いていないことだった。正確には、横の仕切りはあるが、正面のドアがないのだ。つまり、向かい合う便座に着席すると、「ハロー!」という感じに互いの顔を見ながら用を足すこととなる。
(今のご時世でこんなことって、あるのか・・)
今のところトイレには誰もいないので、実質、わたし一人で使用できるため問題はない。だが、もしも誰かが入って来たとしたら、「排泄中」のわたしはそのまま行為を続けることができるのだろうか。
これがもしも「大」だった場合、正面に他人が着席し、互いに顔が見える状態で踏ん張ることなどできるはずもない。ましてや、トイレットペーパーで水分を拭き取る際に、前から手を入れるのか、それとも後ろから手を入れるのかも迷う。
さらに不思議なことに、便器の位置が高いのだ。わざわざ2段ほどのステップを上らせる仕組みとなっており、かなり高い位置に顔がくるため、横を向けば壁の上から隣人の排泄シーンが拝めてしまうのだ。
こんなつくりのトイレが、いくら古い建物だからといって存在すること自体驚きである。おまけに、タンク付きの洋式トイレはパイプもむき出しで、後付けのウォシュレットが雑に取り付けられている。しかも驚くべきことに、そのウォシュレットから出る液体が、ドロドロしたオレンジ色の水なのだ。
(あんなニンジンニュースみたいなもので、局部を洗浄するのか?!)
なぜそのことに気が付いたかというと、ウォシュレットのノズル周辺にオレンジ色の液体がこびりついていたからである。さらに、便器内にも鮮やかなオレンジ色が付着しており、まちがいなくアレがウォシュレットから出る液体なのだ。
しかしなぜ、こんな理解不能なトイレをつくったのか。いくら時代が違うからといって、さすがにこれでは利用者も躊躇するだろう。ましてや男性ならいざ知らず、女性の場合はとてもじゃないが無理である。
そもそも男女共用というあたり、それなりの配慮が必要となるはずなのに、こんなにも無法地帯でデリカシーに欠けるレイアウトはあり得ない。さすがのわたしも、ここを使って用を足すことは困難——。
そこでわたしは、このビルの隣りにある公園のトイレへと走った。仲間を待たせているわけで、一刻も早く用を済ませて戻らなければ迷惑をかける。つぎの半荘が始まったら、あと一時間は席を立てない。とにかくトイレへ行っておかなければ——。
公園のトイレには、入り口に警備員が立っていた。付近でイベントを開催しているようで、客や関係者がこの公園のトイレを使っている様子。
慌てて公園のトイレに駆け込んでみると、なんと、すべて和式のトイレが並んでいた。ここ最近で和式トイレを使ったのは、何年前、いや、何十年前のことか。
しかもそれだけではない、なぜかドアがアコーディオンカーテンのようなつくりで、鍵もついていない。おまけに、しゃがんだときに頭の高さまでしかドアがないため、誰でも上から覗き放題である。
「ここだと僕から見えてしまうので、奥の個室を使ってもらえませんか?」
入り口の警備員が、ニヤニヤしながらそう忠告する。
(っていうか、ここは女子トイレなんだから、アンタがそこに立たなければいいんじゃないの?)
・・などと口論する暇はない。一刻も早く用を済ませて戻らなければ——。
*
と、ここで目が覚めた。もちろん、尿意を催して目が覚めたのである。
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