念願のハンモックが完成した。無論、わたし自身が組み立てるはずもなく、業者よりも業者っぽい相方にやらせたのだが。
相方のどの辺りがプロっぽいかというと、梱包された段ボールの開封から、組み立て後に発生するゴミの撤去まで、なにも言わずとも当たり前にこなしてくれるところだ。
(それにしても、こんなにも早くウィーンの森で爽やかな風を感じながらハンモックに揺られる日が来るとは・・・)
ベランダに設置された黄色いハンモックを眺めながら、わたしはウットリとした気分に浸っていた。なんせ本日はお日柄もよろしく、穏やかな雰囲気に包まれている——これぞ正に、ハンモック日和である。
さっそく出来上がったばかりのハンモックに腰かけると、ツルンと滑り込むようにして横になってみた。見上げる青空には、大きな鳥が優雅に羽ばたいている——はずもない。それどころか、とんでもない事実に気がついたわたし。
(・・・き、気持ち悪いんだけど)
そう、ハンモックがゆらゆらと揺れるたびに、まるで車か船に酔ったかのように三半規管がシェイクされるではないか!!!
これはかなり予想外の事態である。たとえば、ものすごく評価の高い商品があったとしよう。それでも、ごく一部のクレーマーによる「些末な不具合」というのは、必ず発生するものだ。
むしろ、そういったネガティブ要素のない評価のほうが"やらせ疑惑"が濃厚となり、商品の価値に不要な傷がつくわけで。
それなのに、ハンモックという商品で船酔いするなど、未だかつて聞いたことがない。
とりあえずネット検索してみたところ、たしかに「(ハンモックの)揺れで気持ち悪くなったことがある」という事例はあるが、その数もあえて探さなければ見つからない程度のごく少数だった。
にもかかわらず、わたしはハンモックに寝転んだ瞬間から、この微妙な横揺れの不快感に襲われたのである。
これはもはやウィーンの風がどうだとか、心地よい揺れで昼寝をするだとか、そんなおとぎ話を口にしている場合じゃない。一秒たりともハンモックの上になど居たくない・・と思わせるほどの、緩やかではあるが確実に三半規管をかき乱す、強烈な横揺れに襲われるのだから。
それともう一つ、めまいと吐き気に耐えながら、それでも澄み切った空を見上げようと頑張った結果、もちろん空は見えたが、その手間にある高層ビルとタワーマンションの窓の奥が気になって仕方がなかった。
ビルの窓はマジックミラーのようになっており、外部から中を覗くことはできないが、中から外の様子が見えない窓などあるわけがない。つまり、あのビルで働く人間は"ベランダに設置した黄色いハンモックに寝そべって吐き気に耐える哀れなシロガネーゼの姿"が、随時、観察できるというわけだ。
(視姦プレイに勤しむほど、わたしは暇ではない・・)
おまけに、向かいのタワーマンションからは眼下を一望できるわけで、狭いベランダでみすぼらしいハンモックに横たわるシロガネーゼが見放題・・ということになる。
(ベランダすら付いてないあいつらに見下されるとは、なんと不愉快なことか・・)
まぁそんなことは二の次として、なによりもこの揺れはいただけない。なんせ、耐えようにも耐えきれない圧倒的な破壊力なのだから。
もしかすると、酔い止めを飲めば吐き気が軽減するかもしれない。だが、なぜハンモックに乗るために酔い止めを飲まなければならないんだ?そんなことをしてまで、わたしはウィーンの風とザッハトルテを堪能したいわけではない——。
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得てして憧れというのは、脆(もろ)く儚(はかな)い絵空事なのである。
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