回避不能な痛みを享受するトレーニング

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どうしようもない痛みと向き合うとき、ヒトは「あきらめ」という潔い覚悟を決めることができる。無論、痛みなど味わわなくていいならば回避するべきだし、マゾヒズムがあるわけでもないので率先して痛みを求めるつもりはない。

だが、簡単なところでは注射針を刺される瞬間とか、足つぼマッサージで高出力の指圧を受けるとか、もっとシビアな局面だと傷口から膿を取り出すとか、女性ならば出産もそうだろう。痛みを伴う行為を避けられないとき、ヒトは覚悟を決めて"痛みを直視"するのである。

 

とはいえ、注射針を刺す・・というような一瞬の出来事ならば、そこまで大袈裟な話ではない。覚悟を決める前に、目をつぶって「うおー!痛いだろうなー。どうしよう、やだなー」などと戦々恐々するうちに、チクッと刺されてスッと抜かれてしまうのだから、気付けば事は終わっているわけで。

しかしながら、いつかは終わるにせよ断続的に続く痛みに対しては、もはやあきらめる以外に打つ手はない。しかも、その現実から逃げることができないとなると、うだうだするよりも覚悟を決めるほうが精神衛生上「健全」といえる。

 

そんなわけで、久々に痛みと対峙する場面に遭遇したわたしは、久々に歯を食いしばり強い覚悟を決めて、異常なほどゆっくりと過ぎる時間を堪能したのである。

 

 

そもそも、痛みを伴う施術が必要ならば否が応でも苦痛を受容する必要がある。そこから逃げたら手に入るはずのものも取りこぼすのだから、「受容するか逃避するか」の二択ならば当然、受容するしかないわけで。

場合によっては、痛み止めの薬を飲んだり部分麻酔を使ったりすることで、無痛とまではいかずともある程度の鎮痛効果をもたらすことができるが、まぁそこまでの必要性がないならば素で痛みを味わうのがわたし流——。

 

ちなみに、断じてマゾヒストではないが、逃げ場のない断続的な痛みというのは、ある種の"世界観"を生み出してくれる・・という点で、わたしにとっては貴重かつ重要な要素であるのは間違いない。

迫りくる恐怖と逃げることのできない現実、しかも「痛みとか、ぜんぜん平気だし!」という見栄を張る必要がある——実際にはそんな必要はないのだが、自分の中でのポリシーがある——ため、その瞬間を怯えながら待ちつつも、顔には余裕の笑顔を浮かべ、声が上ずらないように淡々と会話を続けるという、ある種のメンタルトレーニングを強要されるからだ。

(そう、これはトレーニング・・)

こう思うと、痛みというのも悪くはないのである。

 

そして痛みの耐え方・・というかあしらい方として、歯を食いしばり目を固くつむり、正面から痛みを受け止める・・という方法が一般的かもしれないが、わたしはちょっと違う。

痛みを直視する——実際に目で見るわけではなく、発生箇所に意識を注いでしまうと、痛みを分析するには好都合だが、より一層生々しい痛みを味わうことになる。そこでわたしは、「痛みの先を考える」という方法を編み出した。

イメージとしては、自分➡痛み➡その先という感じで、空間を分けて意識を飛ばすのだ。そもそも「痛み」のフェーズで止まってしまうから、当たり前に痛みを感じるわけで、その先の「なにか」へ意識を送ることができれば、急行列車が途中駅を通過するかのように、若干の異物感はあれど直視したときのような激痛からは免れることができる。

 

ちなみにこれは、脳や首のMRI(磁気共鳴画像)を撮影する際にも応用できる技である。

MRI検査は、トンネル状の装置の中で強力な磁場を発生させ、FMラジオなどで用いられている周波数の電波を体に当てることで、縦、横、斜めなど様々な方向から体の断面を画像化するもの。

だが、強力な磁場を発生させるためには、非常に大きなローレンツ力を伴うため、MRI装置自体にゆがみが出るほどの影響を及ぼす。そして、電流のオンオフを高速で繰り返すことで周辺の空気が振動し、音・・すなわち騒音が発生するのだ。

おまけに、トンネル状の装置がスピーカーの役割りを果たすことで、とてつもない音量の騒音が耳元で鳴り響いた結果、恐怖やストレスを感じたり心拍数が上昇したりと、検査を中断しなければならない事態に陥るのである。

 

この場合も同じく、「音」に意識が向くから不安や恐怖を感じるわけで、音の先へ意識を飛ばすことができれば、「なんか手前でうるさい音がするけど、まいっか・・」という心境になるのだ。

要するに、痛みや恐怖、不安といったネガティブな要素と対峙しなければならない際には、「その先」を見ればいい——ただそれだけなのである。

 

とはいえ、そう簡単に「意識を向こう側へ飛ばすことなどできない!」となるだろう。だからこそ、トレーニングなのだ。

 

 

というわけで、久しぶりにメンタルトレーニングのブラッシュアップを図ったわたしではあるが、喉元過ぎれば熱さを忘れる・・いや、もう二度と痛い思いなどしたくない!!

 

llustrated by おおとりのぞみ

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