タイメン・トゥ・セイ・グッバイ

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車を運転する機会は年に一度あるかないか・・というレベルの、ほぼペーパードライバーと化したわたしではあるが、万が一のお守り代わりに、JAF(日本自動車連盟)への年会費を納め続けている。

だが実際のところ、四半期に一度発行される「JAF Mate」という雑誌があって、それの購入費用として年間四千円を払っているに等しいのだが、それでも退会する手続きの面倒を考えると、つい四千円を払い続けてしまうのであった。

 

そんなわけで、"一冊千円"の高級刊行物である「JAF Mate」をめくっていたところ、逆走事故に関するアンケートや体験談が載っているページを発見した。

そういえば最近、高齢者の逆走事故が流行ってるもんな・・などと他人事のように流し読みしていたところ、ヘタすれば今わたしはこの世にいないであろう大事故を、寸前で回避した奇跡的な過去を思い出したのである。

——あれはマジで、一歩間違えばあの世行きだった。

 

 

JAF会員限定とはいえ、7万4千人もの回答を得たアンケートによると、四人に一人が「逆走車に遭遇したことがある」と答えている。そのうちの55%が「一方通行などの狭い一般道路」で、37%が「バイパス道路など広い一般道路」、残る8%が「高速道路」という結果となった。

たしかに、住宅街の一方通行の逆走はよくある話で、とくにバイクが意図的に逆走する姿など何度も目撃している。しかも、一般道の一方通行は往々にして道幅が狭いので、自ずとスピードを落とすことから大事故を免れる傾向にある。しかしながら、高速道路での逆走はわずかな判断ミスが命取りとなるわけで、圧倒的に危険な行為といえるのだ。

 

そんな体験談の中で、ちょっと面白い・・などと言ったら不謹慎だが、興味深い話があったので紹介しよう。

「東関東自動車道で、パトカーに追われている乗用車がUターンをして逆走してきた。」

「高速道路に入ったところで、道路端を逆走する自転車と遭遇した。」

「高速道路関連の仕事ですが、逆走は日常茶飯事です。『道を間違えた』『道を聞きたい』などでも平気で逆走してきます。主にお年寄りが多いですが、自殺しようとして逆走した若者もいました。」

・・いずれにせよ、高速道路での逆走はリアルに危険行為なので、自身が加害者とならぬよう気を付けなければ——そんなことを思いながら、かれこれ20年ほど前に千葉県の東金道路で、あと一歩で命を失うという"大逆走"を演じた過去を思い出したのである。

 

 

その区間は片道一車線の対面通行で、中央分離帯すら存在しない、まるで一般道のようなエリアだった。そして、その日が東金道路の初走行だったわたしは、まさかそこが対面通行だとは露知らず、緊張感のない二車線が続く(と思い込んでいた)アスファルトの上を走っていた。

南へ向かって快調にアクセルを踏むわたしは、走行車線が徐々に混みあってきたので、右のウインカーを出すと追い越し車線へとハンドルを切った。それから少しスピードを上げつつ、走行車線へ戻れそうな車間を探していた。

(なかなか切れ目が見つからないなぁ・・)

そうこうするうちに若干の上り勾配が現れた。時間は午前8時すぎ——。澄み切った青空と眩しい太陽が、上り坂の頂点でわたしを手招きしているかのような、幻想的かつ爽快な景色に気を良くしたわたしは、さらにアクセルを踏んだ。

そして、いよいよ坂道の頂上へたどり着く——という瞬間、目の前に広がるは見事な青空・・ではなく、いぶし銀の4トントラックが突如現れたのである。

 

(こ、これが走馬灯ってやつか・・・)

わたしの脳内で、サラ・ブライトマンの「Time to Say Goodbye”(タイム・トゥ・セイ・グッバイ)」が静かに流れていた。そして、すべての動きがスローモーションになり、サラの美しいソプラノに合わせてわたしは滑らかにハンドルを切った。しかも不思議なことに、あれほど車間が詰まっていた自動車の列が、なぜかわたしの左側だけちょうど一台分空いていたのだ——た、助かった。

あわや一触即発・・という大ピンチを辛うじて回避したわたしは、震える手でハンドルを握りながら、後ろの車へハザードにて礼を伝えた。——そう、後続車は分かっていたのだ。だからこそ、わたしが左へ避けられるように開けておいてくれたのだ。

 

(対面通行の道なんて、二度と走るもんか・・)

 

 

もしもあのとき走行車線が渋滞していたならば、残念ながらわたしは命を落としただろう。そして、サラ・ブライトマンが奏でるレクイエムに包まれながら、静かにそして派手にこの世を去ったに違いない。

だからこそ、中央分離帯のない対面通行の罠にはくれぐれも注意してもらいたいのだ。無意識だろうが不注意だろうが、逆走することで加害者になってしまう・・ということを、しっかりと胸に刻み込んでほしい。

 

——そんな昔話を、JAFの雑誌が思い出させてくれたのであった。

 

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