ちょっとしたことでも人の役に立てると、ものすごく嬉しい気持ちになるわたし。そして、相手の笑顔を手に入れるためにも、成功させなければならない局面を乗り越える必要があるわけで、それはすなわち自己満足といえるのかもしれない。
そんなわたしの、ここ最近クリアしたミッションは、"ピクルスの瓶のフタを開けること"だった。
*
ピアノの先生のお宅へあがると、先生はガスコンロに向かってじっと立っていた。「料理の下ごしらえでもしてるのかな?」などと勝手な想像をしながら、わたしはバッグから楽譜を取り出すと譜面台へと立て掛けた。
その間も先生はこちらを振り返ることなく、一心不乱にガスコンロと対峙していたのだが、しばらくするとこちらへやって来て申し訳なさそうにこう言ったのだ。
「ちょっとあなたの力を借りてもいいかしら」
チカラ・・といったらわたしの代名詞ともいえる単語である。とはいえ、この場合の「力を借りる」が、果たして本当にパワーを提供することなのかは分からないが、誰かの助力となるならば喜んで手を貸そうじゃないか。
そこでわたしは、「もちろんだよ!どうしたの?」と言いながら先生のほうへ近づくと、そこには中ぐらいのサイズの瓶が置かれてあった。その中には、ガーキンかコルニッションと思われる小さなキュウリが、なみなみと注がれた酢の海で溺れていたのだ。
——つまり先生は、このフタを開けようとするも固くて開けられなかったのだろう。そして、お湯を沸かした鍋に逆さまにした瓶を突っ込んで、真空状態となった空気の体積を膨張させることで、「なんとかフタを捻ってやろう」と粘ったわけだが、いくら温めても固く閉ざされたフタはびくともしなかった・・と。そこへ現れたのが、通りがかりの勇者URABEだった・・というわけだ。
(ピアノで先生を喜ばせることはできないが、このフタが開けば間違いなく喜んでくれるはず・・よし、なにがなんでもねじ開けてやろうじゃないか!)
先生から瓶を受け取ると、右の手のひらでフタを包み込み左の手のひらで瓶本体をグッと握った。・・やはり、瓶のサイズが中途半端に太いので、片手で掴むことは難しい。そこでわたしはその場へしゃがむと、瓶を掴んだ左手ごと腹と太ももで挟み込んで、ガッチリと固定した状態でフタを捻った。
(ぬぉぉぉ!!!たったの一ミリでいいから、動けフタ!!!)
——だが無情にも、ピクルスのフタはびくともしなかった。その後も何度かトライするも、結果は変わらず。
(マズい、マズいぞ。このままでは先生に気を遣わせてしまう。とりあえず楽勝なフリをしなければ・・そして、手も全然痛くないしヨユー!っていう感じの雰囲気を醸し出しておかなければ)
そこでわたしは、フルパワーを開放するべく左右の手を入れ替えた。フタを左手で、そして瓶を右手で持ち直すと、今度こそガッチガチに挟み込んで準備を整えた。
——先生は心配そうな表情でこちらを見守っている。きっとこれでダメなら「もういいわよ、ありがとう」と言うに決まっている。少なからず指の力も使っているため、ピアノのレッスンに影響を及ぼす可能性もあるわけで、そこまでしてこのピクルスを食べたいと思うはずがないからだ。だが、ここで引き下がったら"わたし"というニンゲンの価値は無いに等しい。なぜなら、この場でこのフタを開けられるのはわたししかおらず、これはもはや神から与えられし試練であり、それを実行する千載一遇のチャンスでもある。だからこそ、ここでフタを開けられなかったならば、わたしに生きる価値などない。むしろ、「フタを開けて当然」という状況下でそれすらも達成できないのであれば、一体なにをしにここへ来たのか分からないじゃないか。努めて笑顔で、余裕を感じさせる雰囲気を纏いつつ、全神経と筋力と集中力を手のひらへ宿すのだ。わたしが生きてきた価値は"このフタを開けるためにあった"ということを、今ここで示すのだ!!
——パカッ
まるで漫画のような開栓音(?)が飛び出した。まさに「パカッ」と言いながら、ピクルスのフタが数ミリズレたのだ。その瞬間、わたしは天を仰いだ。おぉ神よ、わたしは試練を乗り越えました——。
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"開かずのピクルス"を攻略した勇者(わたし)に向かって、先生は興奮しながら礼を述べつつ称賛の言葉をおくってくれた。
果たしてこれで、これでどんな夕飯ができるのだろうか——。
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