鋼と眼鏡(はがねとめがね)

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今年最後の眼底検査に向かっている。

眼底検査とは、瞳孔を開かせて網膜の状態を確認する検査のこと。

 

健康診断や人間ドックの受診をしたことはないが、眼底検査だけは定期的に行っている。

そのくらい、私にとって目は大切で命とイコールと言っても過言ではない。

 

散瞳の目薬をさしやすいように、コンタクトではなくメガネで来院。

じつは私、メガネに対してのこだわりというか持論がある。

 

私が所持するメガネラインナップで最も高価な物は、金子眼鏡で約10万円。

それは見るからに立派な黒縁メガネで、重厚感あふれる。

 

しかし一番のお気に入りは、今日着けているZOFF(ゾフ)の8千円くらいのメガネ。

一見、金子眼鏡のフレームと似ているが、こちらはなんといっても安物ゆえ軽い(失礼な)。

軽いがゆえ、メガネをかけたまま寝てしまうこともある。

 

そして、誤って踏んづけたり体の下敷きになったとしても壊れない。

たとえ壊れたとしても、ゾフへ持って行けばすぐに修理できるし、なんなら買い替えたとしても金銭的負担は少ない。

(金子眼鏡なら修理代だけでン万円だろう)

そんな軽い気持ちで装着できるお手頃メガネなのだ。

 

金子眼鏡を着けているときなど、気を使ってしょうがない。

10万円のメガネ様に何かあっては困る、と丁寧に慎重に行動することを強いられる。

 

さらに8ミリ厚のセルロイドと、強度近視レンズの重量感がすごい。

鼻の低い私がかけるとすぐにずり落ちる。

それでも必死にかけ続けた結果、その重みにより耳や鼻が痛くなる始末。

 

つまり、あれは長時間かけるメガネではない。

いわゆる「オシャレ自慢メガネ」だ。

 

とは言え、

 

「メガネどこの使ってる?」

 

と聞かれれば、即答で、

 

「金子眼鏡だよ」

 

と得意げに答えてしまうから、見栄っ張りはどうしようもない。

 

そしていま、クリニックの目の前の信号に立っている。

3年前、ここで交通事故に遭ったことを思い出しながら。

 

 

ーー3年前

あの日も眼底検査に向かう途中、メガネの私はよく見えないながらも信号待ちをしていた。

 

普段はコンタクトのため、メガネをかけたときの視野の狭さには脅威を感じる。

私の目の悪さは遺伝で、コンタクトの度数は一般的なクリニックの在庫にはない。

 

そして視力が弱すぎるため、メガネの度数は0.6程度までしか出せない。

これ以上の度数にすると、一点を見つめるだけならば問題ないが、少しでも目を反らすとひどい歪みとなり、真っすぐ歩くことができなくなるのだ。

過去には階段が半円状に見えたことで踏み外し、転落したこともある。

 

メガネで外出することなどほぼあり得ないが、検査のためにはしかたがない。

 

ぼーっと信号が変わるのを待つ。

青になった。

 

ゆっくりと一歩を踏み出した瞬間、右側からものすごい衝撃を受けた。

私はとっさにクルっと回転し、一周回って元に戻った。

しかし衝撃でメガネが吹っ飛んだため、何も見えない。

 

(一体なにが起きたんだ)

 

状況がまったく飲み込めない私に、通行人が声をかける。

 

「大丈夫ですか?!これ、メガネです」

 

吹っ飛んだメガネを手渡され、そそくさとかける。

メガネはアスファルトに打ちつけられたため、フレームがおかしな方向へ曲がっている。

(ゾフでよかった・・)

 

そんな曲がったメガネをかけ、改めて足元を見ると金髪の外国人がうずくまっている。

傍らには、タイヤとフレームが変形したロードレーサーが横たわっている。

 

そして外国人は私の足にしがみつき、

 

「Oh,I’m so sorry」

 

と弱々しく謝っている。

 

「Are you all right?」

 

被害者の私は、とりあえず加害者の安否確認をする。

本来、ぶつかられたのは私なのだから、心配されるべきは私なのだが。

 

「My fault,I’m sorry」

 

私の足元にひれ伏す金髪は、泣きながら許しを請う。

通行人の一人が救急車を呼ぶ。

どうやら金髪はケガをしているようだ。

 

私は眼底検査の予約をしているため、申し訳ないと思いながらも金髪をその場に残して歩き出した。

すると、通行人に呼び止められる。

 

「あの、すぐに救急車と警察が来るので待ってください」

 

「なんで?遅刻するからアタシは行くよ」

 

「ちょっと待ってください!交通事故なので」

 

「なんでアタシが待たなきゃなんねーんだよ!勝手にぶつかられていい迷惑だろうが!」

 

イライラがマックスに達した。

こいつはなにを見ていたんだ。

どう考えたって赤信号無視で突っ込んできたのは、この外国人だろうが。

それを、ぶつかられた私が加害者のような言い方しやがって。

 

すると、別の通行人(目撃者)が説明を始めた。

 

「あの人はぶつかられたんですよ、倒れてる外国人がぶつかってきたんです」

 

「え?それでなんでこっちの人が倒れてるんですか?」

 

(知らねーよ)

 

信号無視、かつ、ものすごいスピードで自転車に突っ込まれた私は無傷で、突っ込んだ側が転倒し負傷。

そして被害者は仁王立ち、加害者は地面に這いつくばりながら謝罪。

 

こんなことがあるだろうか。

 

とにかく、時間のない私はクリニックへと駆け込んだ。

そして窓から見下ろす先には、救急車と警察官の姿が見える。

あの外国人が救急車で運ばれていく。

 

「いま私、交通事故にあったんだよ」

 

「へー、そうなんだ」

 

主治医に話すも、嘘だと思われたのか取り合ってはくれない。

私の網膜も、この体くらい頑丈だったらよかったのに。

 

 

そんな懐かしい交通事故を思い出す。

 

生身の人間にぶつかったロードレーサーは大破し、乗っていた男は救急車で運ばれる。

たしかに私は無傷だが、曲がったメガネのフレームは修理してほしかったと、今さらながらに思う。

 

だが今日も、その曲がったフレームを強引に戻して使っている。

 

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