時刻は午後10時過ぎ、適度に混みあった南北線車内に不穏な緊張が走った。
私が乗っている車両の座席は、2人分を除いてすべて埋まっている。ところが、その2人分が空いているというのに、立っている客が4人・・いや、5人いるのだ。あいつらにはこの空席が見えていないのだろうか?いや、そんなはずはない。ではなぜ——?
なにを隠そう、空いている「2人分」というのは、よりによって私の両隣りだったのだ。
ずらりと伸びるベンチシートに、向かい合う形で乗客が座っているわけだが、端から2人掛け・3人掛け・2人掛けという形に区切られているシートのど真ん中・・そう、3人掛けの中央を陣取る私の両隣りが、なぜか不自然に空いていた。
飯田橋から乗り込んだ時点では、およそ座席の半分程度しか埋まっていなかったが、永田町の時点で私の両隣りを除くすべてのシートに人が座っていた。にもかかわらず、まるで私の隣が空いていないかのように、誰一人としてこちらへ向かってくる者はいない。
言うまでもなく、左右に荷物を置いているとか足を広げて座っているとか、そういった非常識な態度はとっていない。ただただ大人しく着席していただけなのに、なぜ誰も来ないのだろうか——。
その答えは、私の服装にあった。白いタンクトップから露わになった両腕と、太ももの半分以上がむき出しになっているダメージジーンズのミニスカートという姿に、多くのサラリーマンが悩殺されたのだ。
たしかに、胴体を除くほとんどの素肌が露出しているわけで、隣に座れば必然的に私の肉体へ触れてしまうだろう。たとえそれがスーツの上からであっても、公共の場において女性の生足や生腕に触れるようなことがあれば、今のご時世”あらぬ疑い”をかけられる恐れがある。そうでなくても、この豊満なボディを前に理性を失うのは目に見えており、さすがに社会的な地位を失う覚悟までは持てないのだろう。
それにしても、この空間にいる15人は私を除いて全員が男。そして、私の両隣りが空いているというのに、大急ぎで男の隣へ滑り込んでいく神経が理解できない。まるで何かを恐れているかのように——。
そこで改めて、大胆に露出した自身の肉体を確認したところ、いくつか気になる点を発見した。
まずは太もも・・もとい大腿部について。もはや鼠径部の近くまで晒されているわけだが、その理由は”太ももが太いことと尻がデカいことから、スカートがずり上がってしまっているため”だった。要するに、そそるような魅惑の太ももというより、立体的でゴツゴツした丸太のような大腿部・・という感じなのだ。
そして二の腕・・もとい上腕二頭筋について。こちらも期待通り、”女性の象徴である柔らかでプニプニした腕”なんてものは存在せず、男性顔負けのカットが特徴的な大樹の幹のような上腕・・という感じだった。
極めつけは、デコルテ・・もとい胸筋について。タンクトップの胸元から覗く、ふっくらとした二つの谷間・・なんて甘っちょろい物は存在しない。北斗の拳ばりに隆起した、見事な胸筋が惜しみなく顔を見せているではないか。
——この車両のオトコどもは、果たしてどちらを”恐れて”私の隣を選ばないのだろうか。
そして電車は溜池山王駅に到着した。案の定、サラリーマンたちが乗り込んで来るが、またしても私の隣へ腰を下ろす者はいない。それどころか、私から半径1メートル以内に乗客が立っていないではないか。
(・・なんなんだ、この異常な状況は)
もはや混雑しているといっても過言ではない車内において、この状況は明らかに異常である。私がいったい何をしたというのだ?公然わいせつに該当するようなモノは、さすがに露出していない。それなのに、なぜ——。
目に見えない恐怖に慄いていたところ、突如、圧迫感のある物体が目の前に立ちはだかった——それは、見なくてもわかるほどのデブ・・いや、巨体だった。
着席に1.5人分の幅を必要とするその男は、モジモジしながらこちらへ何かを訴えかけた——あぁ、端へ寄ってくれってことか。たしかに、三人掛けのど真ん中に座られては、その巨体をねじ込むことは不可能。そこで、私が右へ寄ればめでたく座れる・・というわけだ。
こうして、三人掛けの右端に私、左端と真ん中の半分を巨体が占有する形で、私の両隣りは埋まることとなった。その瞬間、車内に安堵の空気が流れたように感じたのは、果たして私だけだったのだろうか。
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