ーー寒すぎる
三田警察署はコロナ対策が万全ゆえ、我々が拘束される講堂には、真冬のすきま風が吹きすさぶ。
受刑者、もとい受講者らはガクブルしながら講義を聞いている。
これだけ隣人との間隔も十分保てているわけで、窓くらい閉めてもいいのではないかと思うが、さすがは警察、完璧なコロナ対策を実施している。
私は今日、3年に一度の「猟銃等講習会」に参加している。
*
とにかく寒いの一言に尽きる。
講師の話も頭に入らないほど、寒さに震えている。
ましてや、
「教本は開かなくていいです」
などと言われ、ただひたすらじっと着座したまま、講義に耳を傾けなければならない。
そのうち何が起きるかというと、通常は眠気が襲ってくる。
だが今日は、あまりの寒さで眠気すら訪れない。
(このための作戦か)
大のオトナに向かって居眠り防止ですきま風を取り込むとは、古典的とはいえ正当であり効果的な方法だ。
うつむきながら小刻みに震える私のマスクが、徐々にずり上がってくる。
そのうち、下まぶたがマスクで隠れる。
私は口を動かしながらさらにマスクを持ちあげ、とうとう目まで隠してみた。
・・・・。
こ、これは温かいぞ。
目など布で塞いでも温かくなるものではないだろうが、目、鼻、口をマスクで覆ってみるとなぜか寒さを感じない。
どのみち目は閉じていたのだから、マスクで隠そうが隠すまいが変わりはない。
ましてや寝てなどいないわけで、怒られる筋合いもない。
講師は最初に、
「教本は見なくていいので、耳だけ傾けといてください」
と言った。
私は間違いなく、耳だけは傾けている。
背筋を伸ばし、しっかりと前を向き、講師の話を聞く私。
だが、目を含む顔の大部分はマスクで覆われている。
自らの顔を見ることができないので、果たしてどのような印象を持たれたのか不安ではあるが、結果的に私は注意されることも驚かれることもなく、無事に30分の講義が終了した。
*
人を論破するのが仕事(弁護士)の友人に、警察署の入り口に置かれた「特殊詐欺撲滅」の立て看板の画像を送った。
そこには、
「犯人の 電話に出ないで 被害ゼロ」
と書かれている。
この標語を見た私は、
「犯人だとわかっていたら、電話には出ないだろう」
と、ひねくれた考えを持った。
どうやら友人も同じ疑問を抱いたらしく、私へこう要求してきた。
「その電話が犯人からだと、どうやったらわかるのか聞いてみてよ」
「そのうえで、どうやって犯罪の電話かどうかを見極めるのか、そのポイントを標語にすべきだと伝えて」
運悪く、私は三田警察署で身柄を拘束されている。
嫌でも警察官に囲まれている。
友人へ、
「この質問のせいで人格を疑われて、銃の所持許可取り消されたらどうしてくれるの?」
と尋ねると、
「正義のためのアクションだから、仕方ないよ」
と説き伏せられる。
私はしぶしぶ、若い警察官を捕まえ疑問を伝えた。
「あー、たしかに電話に出るまでわからないですね」
・・そりゃそうだ。
ちなみに、「電話に出ないで」の意味として、ナンバーディスプレイを使うとか、迷惑防止機能付電話機を使うとか、留守電に入れさせてからかけ直すとか、そのための対処法が挙げられている。
よって、我々の意見は単なる屁理屈ともいえる。
そこで私は警察官に提案をした。
「いまどき固定電話なんて少ないでしょ、携帯にかかってきた電話を留守電にして、それからかけ直すなんてナンセンスだよね」
「ましてやお年寄りが詐欺被害にあうわけで、どんなに警戒したってやっぱり難しいと思う」
「だから、犯人側に呼びかけたらどう?笑っちゃって犯罪する気も失せるような標語で」
今あるスローガン
「犯人の 電話に出ないで 被害ゼロ」
を元に、加筆修正を試みる。
具体的には、
「犯人は 電話しないで! 被害ゼロ」
「犯人が 電話をすれば 被害ヒャク」
などは、どうだろうか。
いずれも「そりゃそーだ」となるし、なおかつ笑える。
笑った先には犯罪の抑止力が期待できる。
そもそもこんなの、笑ったモン勝ちだ。
小難しいこと並べて理解に苦しむくらいなら、一発笑ってネガティブな感情を吹き飛ばした方が、よっぽど犯罪抑止につながるのではないか。
まゆ毛がキリっと整った若手警察官に、くだらないことでウザ絡みをするうちに、なにごとかと他の警察官らが寄ってくる。
そして私の意見に皆、ウンウンとうなずく。
(ヤベー奴、早く追い返せよ)
そんな雰囲気しか感じられない、土曜午前の三田警察署だった。
Thumbnailed by オリカ
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