遅刻ができなくなる＂特殊な環境＂とは？

わたしは今日、外出時に遅刻をしない＂秘訣＂のようなものを発見した。だがこれは、出発地点が自宅の場合には使えないワザであり、外出中に「次の予定に遅刻しない」というだけの、過酷で命がけのグッドアイデアというべきか——。

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神田免許センターにて運転免許証の更新を終えたわたしは、大手町駅にあるスタバに入った。さすがはオフィス街、ビルも広場もスタイリッシュで、行き交う人々はシャレたスーツに身を包んでいる。

それに比べて、ロンティーに短パン、大きなリュックにビーチサンダルという出で立ちのわたしは、見るからに粗野で輩（やから）感が満載である。・・いいんだ、スーツという拘束具から逃れるべく自営業を選択したのだから、短パン・ビーサンが仕事着の今を誇らしく思い、胸を張って生きようじゃないか。

ゴールド免許のわたしは、30分の講習を受けるとすぐさまその場を立ち去った。

それにしても、交通安全のビデオを視聴している間に、みるみる室温が下がったため、当初はまくり上げていた袖をいそいそと下ろす羽目になった。おまけに、短パンからむき出しの太い脚は、つま先までキンキンに冷えており、眠気も吹っ飛ぶ生命の危機を感じさせられたのだ。

（寝ていたからなのか、それともエアコンの設定温度が低すぎるのか・・）

今となってはどちらでもいいことだが、夏場における冷房というのは、体温調整に苦労させられるのがオチであり、ありがたくも厄介な存在といえる。そんな＂暑さと寒さが同居するシーズン＂の到来に、嬉しいような迷惑なような微妙な気持ちになるのであった。

何はともあれ、拘束から解放されたわたしは一目散にスタバへと向かったわけだが、オフィス街のスタバの利点は「学生が少ない」ことだろう。

その代わりに、オフィスワーカーらしき面々がわんさか集まっているが、その多くは一人でパソコンに向かっていたり、一人でスマホをいじっていたりと、比較的＂お一人様＂が多いのも特徴。

そのため、当然一人のわたしも落ち着いてコーヒーを味わうことができるとあり、滅多に訪れない大手町だが「嫌いではない」と心の中でつぶやいた。

次の予定まで優に二時間はあるため、先輩からゴリ押しされた「アマテラスの暗号」という文庫本を読破しようと、窓側のカウンター席を陣取った。

一杯目のコーヒーは「タンブラーで、ホットのグランデブロンドアメリカーノのぬるめ、はちみつを3周かき混ぜて」という、定番のチョイスでスタートすることにした。

ブロンドエスプレッソのアメリカーノをちょっとずつ口に含みつつ、臨場感あふれる新感覚の歴史ミステリー・エンターテインメントを目で追いつつ、なんとも有意義な時間を過ごすわたし。だがしばらくすると、一抹の不安が脳裏をよぎった。

（なんか、冷たい空気が直撃しているような・・・）

キョロキョロと辺りを見渡すも、どこに空調が設置してあるのか分からないくらい広い店内にもかかわらず、なぜかわたしの背後と頭頂部を冷気が直撃しているのだ。

当然ながら、生足には鳥肌がびっしりと立っており、このままでは低体温症になるもの時間の問題——。

少し動いて発熱させようと、わたしは二杯目のコーヒーを注文することにした。見た目によらず猫舌であるため、普段は「ぬるめ」がデフォルトのわたしだが、今回は何も言わずに通常の温度で作ってもらうことにした。

「ホットのグランデアーモンドラテ、ブロンドエスプレッソで」

やはりこの店舗も、使用済みのタンブラーには注げないとのことで、タンブラー値引きはするが紙カップでの提供となった。まったく、いつまでこの茶番を続けるつもりか——。

熱々のアーモンドラテをすすりながら、「神輿（みこし）とアーク（聖櫃）がほぼ同じ形状であること」や「＂エッサ、エッサ。ワッショイ、ワッショイ＂という、神輿を担ぐ際の掛け声は、なんと、ヘブライ語で＂運べ、運べ。神が来た、神が来た＂となる」など、アークを運び出す姿と神輿を担ぐ姿が見事に一致する事実について、疑いの眼を向けつつも神秘的な魅力に惹きつけられていた。

だが、そんな熱心さの足を引っ張るかのように、わたしの足は寒さで白緑色に変色し、手の指先はしびれを感じるようになった。——もはや、わたしの体で温かい場所は存在しない。太ももの間に手を挟もうが、両手をこすり合わせようが、血流の止まった指先では何も感じないわけで。

冷たくなった両手をグーパーしながら、指先の感覚を取り戻そうと動かすも一向に戻らない。ならばと指先を噛んでみたが、傷みすら感じないのだ。

（これはもしや、凍傷のような状態なんじゃ・・）

手が冷たくなることはよくあるが、指先の感覚を失ったのは初めてのこと。今ならば、指に何が起きようが平気な顔をしているだろう。そうなれば、傷口から細菌が侵入することで感染症を引き起こし、いずれ壊死するに違いない——。

とにかく、居ても立っても居られないわたしは、逃げるようにしてスタバを後にした。次の予定まで50分以上あるが、あんなところで凍死するよりも、時間前に到着するほうがマシである。

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・・・要するに、「寒すぎる」とか「暑すぎる」といった、快適ではない環境に身を置けば、次の予定に遅刻することはないのだ。

くつろげないどころか昼寝もできないわけで、早く移動したい衝動に駆られた結果、予定より早めに目的地へ向かってしまうのである。

なぜこんな簡単なことに気がつかなかったのか、己の愚鈍さに呆れながらも、痺れとともに感覚を失った指先を気にしつつ、地下鉄・大手町駅の改札へと向かうのであった。