伏魔御厨子(ふくまみずし)

Pocket

 

ペーパレスの現代において、ポスティングという行為は時代を逆行するものであり、犯罪に値するとわたしは考える。

たとえば他人の敷地内にゴミを捨てたら、ゴミの内容や頻度にもよるが、廃棄物処理法違反(不法投棄)となる。廃棄物処理法に該当しなくても、軽犯罪法違反を問うことはできる。

これと同様に、頼んでもいないチラシを個人宅のポストへ投函する行為は、こちらからすると「ゴミをポストへ投函された」わけで、当然ながらこれらの罪が成立するわけだ。

 

視点を変えると、そもそもマンションの共有部分に設置されたポストへの投函は、住人(わたし)からすると正当な理由がない住居侵入であり、不法侵入である。

中には、近所でオープン予定のパン店やケーキ店のチラシがあり、これは不本意ながら嬉しかったりもする。

「それみたことか!チラシを手に取るまで、それが当人にとって必要か不要かなどわからないのだから、ポスティングは素晴らしい情報提供手段なんだ!」

そんな声も聞こえてきそうだが、それでも最終的にチラシはゴミとして捨てられるわけで、環境問題の観点からも迷惑でしかない。

 

そもそも、紙で情報提供をする必要などないのだ。少なくとも、いまこのコラムを読んでいる人は全員、インターネットを利用しているわけで、だったらリスティング広告で十分だろう。

興味のないチラシを投函されるから不快な思いをするわけで、ユーザーにとって関心があるものや居住エリアを絞ることで、より刺さる広告を打つことができる。さらに、紙のチラシは物理的に存在しなければ広告の意味がないが、ネット広告であればスマホやPCがあれば常に宣伝することができる。

こういったことからも、紙のチラシの稚拙さというか邪悪さは、大いに罪であり即刻禁止すべき行為なのである。

 

とはいえ、昭和から続くポスティング文化は未だ衰える様子もなく、「政治家も企業もバカしかいないんだな」とため息をつきつつ、今日もポストからゴミを取り出すわたし。

(他の居住者たちは、この状況をどう思っているのだろうか?)

集合ポストを眺めると、その半分以上に「チラシお断り」「無断投函禁止」などのシールが貼られている。だがそれらの注意喚起も虚しく、投函口からは不要であろうチラシがペロンと首を垂れているのだ。

 

かくいうわたしも、バカでも分かるように注意喚起を貼付していた時期がある。「チラシ入れんじゃねぇ!」と、勢いのある輩(やから)風口語体でテプラを貼りつけていた。

そんなある日、たまたまエントランスで遭遇した女性住人から、

「あ、それお宅だったんですね。てっきり男性かと思ってましたわ」

と関西弁で告げられたことがある。なるほど、他人からすると「こんな乱暴な意思表示をするのはオトコに違いない」と思われていたわけか。

まぁそれはそれで抑止力として効力を発揮していたわけで、貴重な感想をありがとうといったところ。

 

ところが少し前に、気が付くとテプラが剥がされていたのだ。元からやや端っこが剥がれかけていたのだが、それが見事に剥がされていた。

とはいえ、粘着部分はポストに貼り付いたままなので、真っ白の紙が貼られている状態。誰がやったのかは知らないが、「マンションの風紀を乱す」ということで管理会社が引っぺがしたのだろう。

 

そのせいで、それまでも決してチラシが投函されないわけではなかったが、「チラシ入れんじゃねぇ!」が消失してからはほぼ毎日、なんらかの紙が入るようになった。

やはり多少なりとも、チラシ不要の主張は意味があるのかもしれない——。

 

しかし、一般的な伝え方を好まないわたしは、他の住人が貼っているような安易な文言でチラシ禁止を訴えるつもりはない。かといって、あまりにセンセーショナルな言葉を使うと、また管理会社に剥がされる恐れがある。とはいえ己のポリシーを捨てるつもりもない。

ここは、誰もが認知している言葉かつ威力絶大な文言を使うしかない。なにかいいのはないか——。

 

そしてわたしは思いついた。

(これだ、これしかない。仮に言葉の意味が分からなくても、字面からしてなんとなく「ヤバイ奴」であることは伝わるはず)

部屋に戻るとマッキーの赤を握りしめ、ポストへと走った。

 

「チラシ入れたら伏魔御厨子(ふくまみずし)」

 

気のせいか、こう記してからはまだチラシを見ていない。そう、わたしは現代最強の術師・五条派ではなく、呪いの王・宿儺(すくな)派なのである。

 

少年ジャンプで連載されている「呪術廻闘(じゅじゅつかいせん)」の登場人物・五条悟の必殺技「無量空処(むりょうくうしょ)」と、両面宿儺の「伏魔御厨子」とどちらにしようか迷ったわたし。

だが無量空処をくらってしまうと、ポスティングをしている人間の脳がフリーズするため、エントランスで立ち尽くす可能性がある。これはチラシ以上に迷惑な行為である。

そこへきて伏魔御厨子は、ポスティングの人間を無条件に切り刻んで消滅させるため、チラシもろとも消し去るのに好都合。

 

このような経緯から「伏魔御厨子」を選択したわたしは、見事、領域展開に成功したわけだ。やはり誰しもが、「呪いの王」に逆らうことはできないのである。

 

Illustrated by 希鳳

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です