都内某所にて、とある作業に取り掛かろうとしていたわたしは、備品を取り出すべくナイロン製の箱——というよりは、マチ付きの袋のファスナーを開けた。
ファスナーというのは想像以上に便利な留め具である。たとえば、ファスナーの付いた容器を落としたり倒したりしても口が開くことはないし、袋の中で粉末をばら撒いても外へこぼれ出ることもない。しかもこのファスナー、日本が誇るYKK(吉田工業株式会社)が全世界で45%のシェアを占めており、特許により守られた確固たる技術と日本ならではの精密な作業工程が、圧倒的な信頼と支持を集めているのだ。
「YKKのファスナーは壊れない」
これは決して大袈裟な戯言ではない。実際に、海外製品などで使用される安価な無名メーカーのファスナーを体験すると分かるが、開閉の際にスムーズではなかったり、使用するうちにエレメントが噛み合わなくなったり、はたまた意図せずしてファスナーのスライダー(引き手)が勝手に開いてしまったりと、YKK製品に馴染みのある日本人にとって「当たり前に感じていた機能」が、まさかこんなにも劣るのか・・とショックを受けるほどである。
ちなみに、ここ最近の”ファスナー失敗事件”はというと、値段の安さに釣られて購入した洗濯ネットだろう。わずか数回使用しただけでファスナーが噛み合わなくなり、スライダーを動かしても洗濯ネットの口は開きっぱなしになり、もはや使い物にならない。こんなことなら、多少高くてもYKKのファスナーが付いた商品にすればよかった・・と、ひどく後悔したものだ。
——そんなわけで、YKK製なのかどうかは確認しなかったが、ファスナーを開くと袋の中から備品を取り出した。すると同時に、アクセサリーのようなものが引っかかって足元へと落ちた。
(・・ピアスの片割れか)
それは黒い羽根のような形をした洒落たピアスだった。羽根・・といっても実際には樹脂のような固い素材でできており、照明の加減によっては紫色っぽくも見えるため、どちらかというと「黒いサーフボードをモチーフにしたピアス」に思えた。
じつは、わたしの耳には6個の穴が開いており、それに伴いピアスもたくさん持っている——その数、およそ50セット。
そして、その日の気分や天気に合わせてピアスを楽しむのがルーティンなのだが、中でも友人が作るピアスのラインナップがお気に入り。場合によっては、わたしの希望に沿ったデザインで作製してくれるので、大振りのアイテムが好みのわたしは
「今度、このサーフボードみたいな形のピアスを頼んでみようかな・・」
などと想像を膨らませながら、足元に転がる誰かのピアスの片割れに手を伸ばした。
あと少しでピアスに触れる・・という距離まで近づいたとき、まるで漫画の一コマを見ているかのように、わたしの中での時が止まった——それは黒い羽根でもサーフボードでもなかった。さらにいうと、それはピアスなどではなかった。
足元に転がるそれは・・カラカラに干からびたゴキブリの骸(むくろ)だったのだ。
おそらく、何らかの拍子にこの袋の中へ入り込んでしまった”G”は、きっちりと閉められたファスナーにより外へ逃げることができず、無念にもここで一生を終えたのだろう。死語かなりの時間が経過していると思われるその亡骸は、哀れにも吹けば飛ぶほどの軽さと薄さだったため、まさかそれが生き物——いや、元・生き物だと思わなかったわたしは、勝手に「カッコいいピアスだ」と思い込んでしまったのだ。
言い訳がましくなるが、「なぜピアスだと思ったのか」という部分について補足をさせてほしい。なぜなら、もしも「アレ」さえなければさすがにピアスだとは思わなかったわけで、いったい何を見てピアスだと勘違いしたのかというと・・Gの触覚が釣り針のようなカーブを描いて折れ曲がっていたせいで、それがピアスのフックに見えてしまったのだ。
——あの瞬間から、わたしの脳内時計は未だに止まったままである。加えて、この世で起きる様々な出来事が信じられなくなり、見るものすべてを疑うようになったのもあの時からである。あの、カラッと軽い非生物的な感触・・というか落下音も、未だに耳から離れないのである。




















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