女衒(ぜげん)の千里眼

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2年越しで、磯子(いそこ)を吉原へ売り飛ばしてやった。

売り飛ばした、というと聞こえが悪い。

将来有望な遊女になると見込んで、放り込んでやった。

・・さほど変わらないか。

 

 

人は見た目ですべてがわかる。

2次元の静止画ではわからないが、実物を見て、触って、しゃべって、時間を共に過ごせば間違いなくすべてがわかる。

 

私は2年前から、磯子の「遊女」としての才能を見出していた。

普段の姿からは想像もつかない、バリバリの遊女になれると確信していた。

あわよくば、花魁(おいらん)まで。

 

何度も口説くが磯子はその気にならない。

 

 

ところが、コロナを機に変化があった。

 

「あたし、吉原に行ってあげてもいいけど」

 

どういう風の吹き回しだ。

あれほど拒絶していた遊女の道を、自ら切り拓こうとは。

 

しかし、私の千里眼、いや審美眼に狂いはない。

大手を振って吉原の門を叩くがいい。

 

 

遊女としての下積みは過酷だ。

風呂や厠(かわや)の掃除、姉さん(花魁)のお世話にはじまり、遊郭の補修工事や太陽光パネルの設置まで、妹分である磯子が一挙に引き受けた。

負けん気の強い磯子は、ほかの遊女の手に負えない力仕事もこなし、嫌な顔一つせず毎日せっせと働いた。

 

 

磯子が遊女屋の門をくぐって一か月が経過したころ、吉原遊郭挙げての吉原最高位決定戦が開催されることとなった。

 

遊女の最高位といえば言わずもがな、花魁。

その次が下級遊女である新造(しんぞ)、続いて禿(かむろ)と呼ばれる順でランク付けされる。

 

通常では同じ舞台に立つことはない、上級遊女と下級遊女たちが一線を交えるという、吉原の一大イベントだ。

 

新人の磯子はド底辺の禿(かむろ)。

本来、足手まといにしかならない存在で、花魁からすればジャガイモかカボチャ程度の存在だろう。

 

それでも遊女が全員参加できるとあり、磯子は張り切った。

女衒(ぜげん)である私も当然、その勇姿を拝みに行くことにした。

 

 

磯子が上級遊女に勝てるなどとは、微塵も思っていなかった。

しかし、下級遊女とならいい勝負をするのでは、と淡い希望を抱いていた。

せめて底辺から少し上にランクインしてくれることを願って。

 

そもそも磯子に遊女としての才能を感じたのは、この私。

私が期待せずして、誰が磯子を一人前の遊女に押し上げるのか。

 

 

不安と期待が入り混じるなか、吉原最高位決定戦が開幕した。

 

 

この日のために開放された遊女屋に、大勢の見物客が集まった。

そして遊女ランクなど関係なく、美人ブス細身デブさまざまな遊女らが仮設ステージを闊歩し、審査員役の楼主にアピールを続ける。

 

そんななか、ひときわ目立つ登場をした遊女に会場が湧いた。

ちょうど西日が当たる方位ゆえ、その姿を直視できない。

 

 

ーーシルエットしか見えないが、こんなスター女郎がいたのか?

 

 

私は目を細めながらその遊女を追った。

 

 

い、磯子!

 

 

とてつもない衝撃を受けた。

あの磯子が、なぜこのようなオーラを放っているのか。

田舎娘の磯子を、磨けば多少は光るだろうと吉原へ放り込んだのはわずか一か月前のこと。

 

毎日、力仕事や厠の掃除をさせられ、遊女としてのノウハウなど教わってもいないはず。

 

それがなぜ、このような一流を感じさせるオーラを放つのか。

 

 

仮設ステージで粋なポーズを決める磯子には、もう、田舎娘の面影はなかった。

 

 

人には天から与えられし才能というものがある。

本人が意識しようがしまいが、また、好きであろうがなかろうが、持って生まれた ”資質” を隠すことはできない。

 

西日を浴び、朱く染まった磯子の後ろ姿を見送りながら、私の頬にはきらりと光るものがあった。

 

ーー磯子は花魁になる

 

女衒のプライドを賭け、私はそう確信した。

 

 

仮設ステージから舞台裏へあと一歩、というところで、磯子がズッコケた。

どうやら自らの着物の裾を踏み、派手に転倒した様子。

 

 

(やっちまった・・・)

 

 

やはり花魁までの道のりは遠そうだ。

しかし、上級・下級遊女らを圧倒したあの迸(ほとばし)るオーラとポテンシャルの高さには、見物客の誰もが圧倒された。

 

「玉磨かざれば光なし」というが、まだ磨く前の玉が光ることも、稀にあるのかもしれない。

 

私の千里眼を証明するためにも、磯子よ、必ずや花魁になってくれ。

吉原イチの立派な花魁に。

 

 

つづくーー

 

Illustrated by 希鳳

 

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