シースルー

Pocket

 

我が家の不満は、耳にタコができるくらい発信し続けてきた。そう、壁がコンクリートとガラスでできているため、冬は激寒・夏は激熱という最悪のサーモコンディションの居住空間であると。

 

ところが実は、もう一つ不思議というかおかしな部分がある。それはバスルームだ。港区白金の一等地に君臨する見栄っ張りな我が家には、なんとバスタブしかない。いわゆるユニットバスと同じ風呂場環境なわけで、髪や体を洗った後に湯船につかる、なんて贅沢は夢のまた夢。

とはいえバスタブの隣りにトイレがあるのかといえば、そうではない。これもおかしな話だがトイレは玄関にあり、風呂場はあくまでバスタブとシャワーしか設置されていない空間として存在する。

 

ここまではまぁ、あり得ないとまではいえない設計だろう。だが明らかに日本にはなじまない部分がある。それはバスタブを仕切っているドアだ。ヨーロッパのオシャレホテルか!と突っ込みたくなるような、重さは30キロを超える分厚いガラスでできている。

ちなみに、風呂場の手前には洗面台と洗濯機が置いてあり、そこと室内との境い目にも同様の分厚いガラスドアが設置されている。

つまり「誰か」がシャワーの最中に、リビングにいる私が風呂場を見ると、透明なガラスドア2枚の先に真っ裸の人間が気持ちよさそうにシャワーを浴びている、という光景が広がるのだ。

 

幸いなことに我が家に「誰か」が訪れることはなく、だれもシャワーを浴びないため、誰かの全裸を鑑賞することも私の全裸を拝まれることも、現実としては起こりえない。

とはいえ私が入浴中に、玄関をこじ開けて凶悪犯が押し入ってきたならば、犯人と私はガラス越しに目が合うことになる。私の美ボディ見たさに押し入ったならば別だが、入浴中に物色して逃げようと企んでいたならば、とんだとばっちりを食うこととなる。

 

(どうにかならないものか・・・)

 

そんなことを考えながらシャワーを浴びていると、浴室内にはみるみる湯気が充満していく。バスタブのガラス戸も見事に白く曇り、あちらからもこちらからもお互いを確認することはできない。

つまり、もし誰かが訪問してきた際には直ちにシャワーでお湯を流し、浴室内を曇らせることで目隠しをすればプライバシーは守られる、ということがわかった。

 

(あぁ、なんてめんどくせぇ家なんだ)

 

 

時は経ち、引っ越しから4年が過ぎた。あのシャレたガラスドアにはびっしりと水垢がこびりつき、もはや曇らせる必要もないくらいの目隠し機能が搭載された。

ガラスドアの目隠しはそれなりに便利だが、鏡が水垢で曇っているのはいただけない。そこでありとあらゆる風呂用洗剤、ガラスクリーナー、クエン酸、水垢落としを試みたが、どれ一つとして曇りを晴らしたものはいない。

そのうち段々と意固地になっていき、何が何でも水垢を落としてピッカピカの鏡とガラスを取り戻してやろう!という気になった。

 

早速、インターネットで水垢クリーナーを検索する。種類はいくつかあるが、中でもダントツで支持を得ている商品が目に留まる。なにより「業務用」であることが魅力的であり、速攻でクリックした。

そして翌日、宅配ボックスに横たわるは「業務用水垢洗浄剤テラクリーナーヤマトEX」。白いウロコ状の頑固な水垢も、ピカピカになるらしい。さらにホテルや旅館、温泉、銭湯、そしてプロの清掃業者やハウスクリーニング業者までもが絶賛している、強力な業務用洗剤なのだ。

 

しかし逆を返せば確実に危険な洗剤ともいえる。成分中の「一水素二フッ化アンモニウム」は、GHSラベルはドクロマークの「急性毒性」、そして「腐食性」と「健康有害性」に該当するゆえ、取り扱いには十分注意を払わなければならない。…などと言いながらも、入浴中に素手でこの洗剤を扱った私は命知らずの愚か者であろう。

 

途中経過は端折るとして、いま私はリビングが丸見えとなったガラスドアの内側に立っている。もはや目隠しが消えてしまったガラスドアは、私の全裸をぼかすことなく鮮明に映し出している。

さらにベランダとリビングの境い目も全面ガラスでできている我が家は、あのブラインドを開け放ったら、向かいのタワーマンションから一糸まとわぬ私の姿が丸見えということになる。

 

(なぜこの部屋は、こんなにも破廉恥な作りでできているのだろうか)

 

いずれにせよ、「日本の住まいとしては色々な面で不都合がある」と言わざるを得ない、我が家なのであった。

 

サムネイル by 希鳳

 

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です