ゴリラ、野生に帰る

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あるジムへ出稽古に行った時のこと。

 

「出稽古ってアレですか?『たのもぉ!』みたいな」

 

キラキラした瞳で質問するは、近所のケーキ屋のスタッフ。

たしかに「出稽古」という言葉を聞きなれない人からすると、それは「道場破り」とイコールなのかもしれない。

かくいうわたしも柔術を始めた当初、他のジムや道場へ練習に行くことを「出稽古」と呼ぶとは知らず、なんか禍々しい言い方だなぁと思っていた。

 

ちなみに、わたしごときが「道場破り」に行って成功するような道場は、この世に存在しない。

 

くれぐれも「怪我のない体のありがたさ」を蔑(ないがし)ろにしてほしくないので警告しておくが、我がジムへは道場破りに来ないほうがいい。

命までは奪われないにせよ、"荒ぶる足関節の神"により歩行不能となる可能性が高いからだ。

 

そのくらい各ジムの道場主は強く、道場破りなどという失礼で時代錯誤な行為は、恥の上塗りとなる。

 

(あ、ウチはそもそもセキュリティーが厳しいから部外者は入館できないか)

 

ということでわたしは、道場破りではなく出稽古=練習に参加させてもらった。

 

やはり客人としてそこにいるので、出稽古先の会員さんも親切にしてくれる。

帯が上の人は、わたしを適度に転がしながら丁寧にもてなしてくれる。

 

こちらもこちらで相手に失礼のないよう、普段より集中して静かに動くよう心がける。

もしこれで大暴れでもして、出稽古先の人を怪我させてしまったら、今後「出禁」となりかねないわけで。

 

そんな暗黙の「出稽古マナー」がある。

 

 

テクニックを教わる時、二人一組で取り組む。だが、知り合いもおらずどうしようか迷っていたところ、

「××です、よろしくお願いします!」

と、爽やかな笑顔で握手を求める女性が現れた。あぁ、なんていい人なんだ!

 

人間というのは不思議なもので、なんだかんだで人相というか顔の表情に「その人」が現れる。

 

とくに「純粋さ」「素直さ」は、作ろうと思っても作れない。自然とにじみ出る何かがある。

 

わたしは、遠い昔に失ってしまったであろう純粋さを懐かしく思いながら、初対面の女性と組んでテクニックを学んだ。

 

そしてスパーリングの時間。

先生がスパー相手を指名し、呼ばれた者同士で5分間のスパーリングをする。何回か男性とスパーした後に、先ほどの女性とわたしが指名された。

 

「私、首が悪いのですみません」

 

彼女は首を手術しており、無理ができない体だった。もちろん、首に負担がかからない動きをしなければならないし、こちらも気を付けなければならない。

とにかく怪我が悪化しないよう、そして長く柔術を続けてもらうためにも、彼女の首に無理をさせないことが大切だ。

 

そこでわたしも、彼女へ自らの「弱点」を晒すことにした。

 

「わたしは、顔と性格が悪いんでごめんね」

 

すると彼女は無邪気に微笑み、ちょっとだけ否定をしたがそのまま流された。

「おい!そこは全力で否定するとこだろ!!」

襟を掴んでガクンガクンやりそうになったが、いかんせん首を痛めている女性なので、なんとか思いとどまった。

 

練習後、他の会員さんと話をする機会があり、その時にある男性がこう話してくれた。

「じつは私、離婚してまして」

なんと、そんな申し訳なさそうな表情で話す必要はないですぞ!わたしなど、離婚どころか結婚すらしたことがない身分でして、こちらこそヒトとして、社会人として申し訳ない!

 

柔術という共通項で集まっているにせよ、人間性のようなものは伝わる。良識ある人が多いジムは、やはりそういう雰囲気を感じるものなのだ。

 

帰り際にブドウを振る舞ってもらった。ひんやりジューシーなデラウエアだ。

わたしは桃もなしもレモンも皮ごと食べる。ブドウも大体皮ごと食べてしまう。

 

しかしここは他所(よそ)のお宅ゆえ、念のためジムの主に確認をした。

「さすがに皮ごとは食べないでしょー」

やはりそうか。

「パイナップルやバナナ以外は、皮ごといっちゃうんですけどねー」

そう何気なく呟いた言葉に、良識ある会員さんたちはギョッとしていた。

 

ーー野生動物は野生に帰るとしよう。

 

 

Illustrated by 鳳希(おおとりのぞみ)

 

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