警察署へ拾った財布を届けた友人は、
「職業はなんですか?」
と尋ねられたのだそう。氏名や連絡先ならまだしも、職業を言わなければならない理由はなんだろう。
パートタイムで働いていた友人は、とりあえず勤務先を告げた。すると、
「正社員ですか?」
と畳み掛けられた。
これはさすがに行き過ぎた質問だろう。
どのような働き方であろうがその人の自由。ましてや正社員かどうかが、落とし物を届けることとどのような関係にあるのか。
その警察官はなんとなく口にした質問かもしれないが、必要以上の個人情報を聞く必要もなければ答える必要もない。
落とし物を届けた人の情報を記入する用紙があり、そこに職業や正社員か非正規労働者かを記入する欄があるのならば、なおさら見直したほうがいい。
かつて、通報により駆け付けた警察官に連行された男性がいた。その捜査に協力をしたということで、わたしは供述調書を記入した。
その時、面倒な文章を書く手間を省かせようと気を使ってくれたのか、警察官がひな形を持ってきてくれた。
「こんな感じで書いてもらえばいいから」
あ、わかりました・・・と書き始めたところで、手が止まった。
わたしは、
「これ、このまま書かないといけないんですか?」
と尋ねる。警察官は驚きつつも上司と相談した結果、わたしの好きに書いていいということになった。
記入例として示される文言は、わたしが思ったこととはまるで違ったのだ。
現場から警察署へ連れて来られた「不審者」の男性は、間違いなく知的・精神的に障害がある。彼は下半身丸出しで郵便局に入り、それを見た局員含む来訪客全員が慌てて外へと非難した。
その時、わたしだけが郵便局内に残った。
警察官到着までの数分間、わたしは彼と二人で会話を交わすことも目を合わせることもなく、ただただ同じ空間で時間を過ごした。
その間わたしはスマホで動画撮影をしていたため、証拠資料として警察署へ提出した。
下半身をむき出しにし、自身の性器を右手で刺激し続ける男性。その虚ろな表情、無機質なオーラも動画に収めてある。
ーーこれは愉快犯ではなく、知的障害による行為だ。それを「犯人」とするのは間違っている。
そう思ったわたしは、事実を証明するためにスマホの録画ボタンを押した。
これは後々、この男性を守れるようにと撮影したものだが、供述調書の例文を読むとわたしの考えは全く反映されていなかった。
「私はとても怖い思いをしました」
「二度とこのような事件が起きないように、取締りを強化してほしいです」
このような言葉が書かれていた。
一般的にはこう思うことが多いのだろう。スーパーに押し入った強盗や殺人犯と居合わせた買い物客なら、きっとこう思うしわたしもそう思うだろう。
だが今回、わたしは自ら男性の近くに陣取り、自ら動画撮影し、郵便局員や近隣住民の証言による「誤解」を否定するために、警察署を訪れた。
それなのにこの記入例の内容を写すことは、さすがにできなかった。
思ってもいないことを、自分の署名入りで記録に残したくはなかったからだ。
そこでわたしは調書の「行」など関係なく、思いの丈をびっしり書き綴ってやった。
ーーそんなことをふと、思い出した。
当たり前に繰り返される定例ミーティングや、なんとなく「これまでもそうだったから」で続く慣習は多い。
しかし生産性や効率、必要性や優先順位を考えずに、与えられたことを鵜呑みにして横流しするのは、仕事としては間違っている。
接客業ではない公務員はとくに、相手に対する配慮に欠ける時がある。そういうやり方で昭和の時代からやってきたのだから、当たり前といえば当たり前。
だが今は昭和ではない、令和だ。
相手の目を見て話し、何のための質問なのか、個人情報として必要なのか否かを考えることをしてほしい。
「マニュアル通りにやりました」
は、時にアレンジが必要なのだと、そろそろ気付いてもらいたい。
Illustrated by 希鳳
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