散弾銃とイタリアンの最高峰「BERETTA(ベレッタ)」

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料理には作り手が表れるーー。

 

何年も食べ続けた友人の料理。久々に食べると、同じものがまるで違う料理に感じた。料理が違うというより、作った人が違うという感じか。

 

料理はその人を表すというが、プロの料理人は「誰か」を表すこともできるらしい。

 

 

友人のカワは、La TRIPLETTA(ラ・トリプレッタ)のオープニングメンバーで、トリプレッタのキッチンを支える屋台骨でもあった。その敏腕シェフが満を持して、彼の地元・新宿でイタリアンレストランをオープンした。

 

思い返せば一年前。日本中がコロナで翻弄され始めた矢先に、出店に向けて動き出したのだ。日中はトリプレッタで働き、空いた時間で物件探しや独立への準備を進める日々。そんな二重生活が続くなか、カワは次第に疲弊していった。

ーー物件がみつからない。

希望するエリアで物件を探すも、思いのほか出てこない。飲食店専門の不動産業者が血眼(ちまなこ)になって情報をかき集めるが、首を縦に振れる物件が見つからない。

 

その後、カワはトリプレッタを退職。ウーバーイーツ配達員をしながら店舗探しを続けた。

体力を使ってまで、なぜ配達員をしたのか尋ねる。

「自分の商圏にどんな店があるのか、単純に知りたかったんです」

 

客として店に行くより、ウーバーイーツ配達員として店を回る方がたしかに効率的。そして客でも業者でもない立場で飲食店を覗くことで、その店の裏側も見れる。その結果、何に気付いたのか。

「やっぱり、お店で食べてもらいたいと思いましたね」

ウーバーイーツ配達員をすることで、より「外食の大切さ」を知ったのだそう。

 

そして9月、転機が訪れる。

「牛込神楽坂でいい物件出ました!」

前業態はフレンチ(ビストロ)。キッチンは広く、ワインセラーまで残してある。立地といい状態といい価格といい、最高の物件。

 

他にもライバルが4社控えており、彼らは「家賃1か月分プラス」で交渉していた。そこでカワは「家賃2か月分プラス」で勝負に出た。

「後悔したくなかった。僕の地元だし」

生粋の新宿っ子ゆえ地元愛が強い。契約面で妥協しない代わりに費用はケチらない。その結果、見事ライバルたちを蹴散らし、オーナーの心を掴み取った。

ーーこの場所から地元へ貢献していこう。

 

あっという間に時は過ぎ、2020年12月9日。小学校の頃からの夢だった自分の店、イタリアンレストラン「BERETTA(ベレッタ)」をオープンさせた。

 

 

トリプレッタ当時のカワは、アグレッシブで「攻め」のイメージ。そして無理難題にも笑顔で応えてくれる、やり手のシェフというポジションだった。

 

「傍若無人」が代名詞の私は、メニューなど関係なく今の心境でオーダーする。

「んー、特にないんだけど何か食べたい」

こんなありえない頼み方にもかかわらず、ドンピシャの料理を並べる「川田マジック」には、毎度驚かされた。

 

彼の料理でもっとも好きなのは「サルシッチャ」。

サルシッチャとは、挽肉やハーブなどの食材を腸詰めにした料理。ソーセージと似ているが厳密には異なる。そのサルシッチャ、私の中でのベストが彼の作品だった。

 

およそ一年ぶりのカワの料理、なかでも「自家製サルシッチャ」が楽しみなのは言うまでもない。ここでは、山形豚の肩ロースの粗挽き挽肉にローズマリーとフェンネルを練り込み、豚腸詰めにしている。

 

早速、表面の皮にナイフを入れる。

プツッと弾けるようにサルシッチャの中身が現れる。それと同時に柔らかいハーブの香りが鼻の奥へと広がる。

 

まずは一切れ、口へと運ぶ。

(あれ、これがサルシッチャ?)

予想していたものと違う。もっと、ガツンと手応えのある肉の塊、さらにスパイスの効いた豪快なイメージ。それがまるで違う。

 

目の前にあるサルシッチャは、どちらかというと優しい味。肉の噛みごたえはしっとりで、ハーブの香りが上質さを醸し出す。しょっぱさや辛さといった刺激的な部分が一切感じられない、エレガントな腸詰。

 

私は思わず尋ねる。

「トリプレッタの時と全然ちがうんだけど」

するとカワはこう答えた。

「(サルシッチャを)ちぎってピッツァに載せたりもするから、ピッツァに合わせて作ってましたからね」

なるほど、そういうことだったのかーー。

 

あの時のカワはトリプレッタのシェフとして、オーナーが求めるサルシッチャを作っていた。そして一つの料理としてだけでなく、ピッツァに載せても馴染む味や噛みごたえを出していたのだ。

 

「僕はイタリアで修行したことのない、イタリアンのシェフなんですよ」

これは初耳。てっきり向こうで修行をしているものだと思っていた。

「でも、そこを強みにしたいんです」

料理人として歩んできた15年、彼なりにイタリアンを学び、そこに日本人が好むテイストを加え、完成させたのがこの店の料理。

 

一年前のサルシッチャも美味かった。だが、今ここにあるサルシッチャは紛れもなく絶品だ。

ピッツェリアで食べる陽気でパワフルな料理とはひと味違う、シェフの繊細さと探究心が生み出した上質なイタリア料理。

 

彼がシェフとして「二つの顔」を持っていたことを、出会ってから7年、初めて知った。

 

 

なぜ独立するのに15年もかかったのかを尋ねた。

「ケンジ君の下で経営を学びたかったんで」

「ケンジ君」とはトリプレッタのオーナー。カワとケンジ君は、社会人として初めて働いたイタリアンレストランで出会った。

 

ケンジ君は料理人であり「経営者」を目指していた。

それに比べてカワは、「料理人」を目指していた。

 

この違い、分かりそうで分からない人が多い。

料理人である父親の影響もあり、小学校時代から目指していた料理人。大成するためには単に料理が作れるだけではダメで、経営を知る必要があるーー。

そう気付いたカワは、一足先に経営者となったケンジ君の元で6年半、料理人として経営者となるべく修行を積んだのだ。

 

トリプレッタで見るカワは、どことなくヤンチャで負けん気の強い兄ちゃんだった。それが今、自分の言葉で冷静に物事を語れる「経営者」となっていた。

 

彼の料理には魂がこもっている。と同時に、繊細さと優しさを含んだ「愛」に溢れている。

 

 

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