アドリアーノとの文通は2か月を超えた。
文通といってもメールであり、内容もビジネスに関すること。
だがさすがはイタリア人、メールに散りばめられた豊かな感情表演には目を見張るものがある。
そして残念なことに、私は代打でメールを書いている。
取引先の社長(男)になりすまして、アドリアーノとビジネスライクな文通を続けているのだ。
私が女性と知ったなら、アドリアーノの文面もさぞかし色めき立つだろうに。
そんなロマンチックなイタリア男のアドリアーノが、本日、キレた。
*
10月上旬、アドリアーノとの文通が始まった。
メールの冒頭では必ず、季節に触れるリズミカルな挨拶やこちらを気遣う親しみを込めた一言が添えられている。
このあたり、日本人のビジネスメールとは明らかな温度差を感じる。
日本では、お決まりのあいさつ定型文をコピペし、ワンクッション置いてから本題に踏み込む。
もちろん、海外でも似たような感覚で用いるあいさつ文だろうが、やはりそこには愛がある。
そもそも宛名に愛がある。
日本においては○○様、○○御中といった形で示される宛名だが、英語だと、
Dear ○○,
この一言でまとまる。
さらに日本人の感覚だと、Dearなんて使われた日には照れくさく、それでいて親しくなった気分になるだろう。
これこそが英語マジックだ。
かつ、お互いファーストネーム(下の名前)で呼び合うことも、フレンドリーなやりとりの要素として必要不可欠。
アドリアーノの名字を知らない、いや、すでに忘れた私は、見たことも会ったこともないイタリア人と、勝手な妄想で楽しく文通を続けた。
12月に入ると、
ークリスマスが近づいて来たね、日本はどんな感じだい?
ー東京ではイルミネーションが点灯し、美しい街並みが見られるよ。
ーそれは素晴らしい!目に浮かぶよ。東京のイルミネーションはこちらでも有名だからね。僕も一度は見に行きたいよ。
こんな甘い会話が、男同士で交わされる。
そして購入する商品の選定が終わり、いよいよ支払いの段階にきた。
アドリアーノは口座振込よりPayPal(ペイパル)を希望する。
海外との取引きの際、PayPalは非常に有効。
お互いの間にPayPalが入るため万が一のトラブルにも対応できるだけでなく、PayPalを仲介させることで迅速な決済が可能だからだ。
しかし普段、PayPal経由で自動的に支払う方法しか用いたことのない私は、アドリアーノの会社を指定して支払う方法を知らなかった。
てっきりPayPalアカウントか何かを伝えてくれるのだと思い、その連絡をただボケっと待っていた。
ーニューイヤーが近づいてきたね。年内のうちに取引きができたら最高だね。
ーもちろん!すぐにでも支払う準備ができているよ。
ーそれは素晴らしい!良い報告を楽しみにしているよ。
こんなやり取りをしたのは2日前。
そして今日、とうとうDearも付かない呼び捨てのメールが届いた。
ーおい!クリスマスまであとちょっとだというのに、これ以上遅らせることなどこれっぽっちも望んでない!ASAP(とにかくなる早で)入金確認をさせてくれ!さっさと商品を送らせてくれ!
私のイメージでは温厚で陽気なイケメン・アドリアーノ、本日豹変。
海外ではクリスマスを大切な行事として祝う文化がある。
日本のようにお祭り騒ぎのイベントの一環ではない。
彼にとって、また彼の家族や親しい友人らにとっても、クリスマスという一大行事を迎えるにあたり、それまでの業務の区切りをつけることこそ最重要タスクなのだ。
文面の荒さから溢れ出る怒り、そして焦りを感じ取った私は、相手を指定してPayPal経由で支払う方法をネット検索した。
(そうか、メールアドレスだったか・・)
相手のメールアドレスだけで支払いが完了することを、今さらながら思い出した。
アドリアーノには、
ー素人ゆえモタモタしてしまい申し訳なかった、すぐさま入金する。
と伝え、黒子をしている社長へ速攻で入金を指示した。
すると待っていたかのようにアドリアーノから返信が。
ーなんと素晴らしい!入金確認をしたらすぐに発送するから、楽しみにしていてほしい。ありがとう友よ!
呼び捨てから一転、急にDearが復活するわ、丁寧な口調になるわ、友よ!なんて言ってしまうわ、かなりご機嫌であることが伝わる文面にイタリア人のコロッと変わる情熱を感じた。
人は感情で動かされる生き物。
見えない相手でも胸中をさらけ出すことで人物像がクリアになり、それにアジャストすることができる。
当たり障りのない表面上の付き合いこそがビジネスライク、などと考えてるうちは、国際競争で勝てないだろう。
メリークリスマス、アドリアーノ。
Illustrated by 希鳳
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