Google先生、「184ヲツケルコトヲオススメシマス」

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「社労士になったとき、どうやって仕事を覚えたの?」

友人から尋ねられた。

 

私がこの仕事を始めるまで、社労士という職業があることを知らなかったし、受験勉強をしていてもどんな仕事をするのかイメージが湧かなかった。

 

実際、社労士試験をビリで合格した私。「マークシートの神」と恐れられる私は、択一試験に合格することは得意ゆえ、ビリ合格という効率的な結果で関門を突破した。

 

社労士が何なのかを知らないまま、すぐさま開業登録し、当時の勤務先であるスポーツ新聞社を辞めた。

開業といっても事務所を借りるわけでもなく、自宅兼事務所のため固定費はゼロ。近所のスタバがサテライトオフィスになるので、むしろ全国にオフィスがあると豪語できる優雅な身分だ。

 

では潤沢な開業資金があったのか?

 

ーーあるわけがない

 

毎月カードの支払いに追われる私が、現預金などあるはずもない。自慢ではないが、預金残高つまり全財産が2万円程度しかないのが私だ。

 

社労士事務所を開業した、実質「無職」の私。早速アルバイトを5つほど掛けもち、以前よりも忙しく働くハメになる。

「新聞社を辞めなければよかったんじゃないの?」

十中八九、みな同じことを言う。

そのとおりだ。

辞めることはなかったのだ。

 

しかしこれがプライドというやつだろう。社労士というよくわからない仕事で独立開業する、と宣言したからには、組織から離れる必要があり、そうするしかなかったのだ。

 

朝6時からカフェでバリスタ(コーヒーを作る人)の仕事に従事し、通勤ラッシュが終わると同時に私も退勤。そこから次のアルバイトへ行くこともあれば、社労士という職業についてネットで調べることもあった。

 

そもそも社労士の仕事が何なのか、教えを乞う人がいない。だが士業(弁護士、税理士、司法書士など)の友人から、

「クライアントが社労士を探してるんだ」

と嬉しくも苦しいオファーを受ける。これを断るわけにもいかず、ド素人の社労士は顧問先を手に入れることとなった。

 

私のチャームポイントは、根拠のない自信と圧。いかなる場合もクライアントを不安にさせまい。それだけを心に誓い、友人の仲介により顧問先の社長と会った。

「なんて頼りになる先生だ!是非よろしくお願いします!」

ガクンガクンと固く握手を交わしながらも、私の脳内は真っ白。

 

ーーなにを言われたんだ私は。先方の言っている内容が1ミリも理解できない。

 

少なくとも、素人社労士の私より社労士の仕事をよっぽど理解している社長との面談を終え、恐怖に震えた。

 

 

社労士の実務経験ゼロの私は、仕事の予習復習をすることができない。だが、クライアントは私を立派な社労士だと思い込んでいるため、できないなどという言葉は存在しない。

 

ーーGoogle先生しかいない

 

そう、私が社労士として立派に独り立ちできたのは、Google先生がいたからに他ならない。人間に聞くことができない私は、毎日、Google先生に質問し続けた。

もちろん、Google先生が完璧だとは思わない。あくまでヒントを得る手段として最適、というだけで。

 

確実性を求められる内容に関しては、管轄省庁へ直接問い合わせをした。「初めから管轄省庁へ問い合わせればいいんじゃ?」などとほざく愚か者は前へ出ろ。

そもそも何をどうやって質問すればいいのかすら分からない私にとって、Google先生は必要不可欠な存在だったし、偉大な師匠だったのだ。

 

「質問する内容が分からない」

この恐怖ったらない。自分自身はおろか、誰も私を助けることができないのだから。

 

そんなある日、労働局へ電話で質問をしたときのこと。

「はい、東京労働局です」

「一か月変形を使う場合の、特例事業所について教えてほしいのですが」

社労士の質問とは思えないような初歩的な質問ばかりする私は、あえて名乗らない。名乗れば恥だからだ。「そんなことも知らずに社労士をされているんですか?」と鼻で笑われ、昼休みのネタにされ、飲み会で笑い話となることは目に見えている。

 

しかし質問が限定的すぎると、さすがに社労士だと名乗らなければ教えてもらえない場合もある。そんな時はしぶしぶ、控えめに身分を明かす。

電話越しに相手が驚くのは、私が社労士だからか、それともこれまでの質問内容があまりに幼稚で当たり前すぎることだったからかは分からない。だが毎回驚かれる。

 

今回の電話でもまずは名乗らず、要点だけ確認できたら電話を切ろうと思っていた。

「担当に確認しますので、少々お待ちください」

よしよし、今日も上手くいきそうだ。社労士であることを隠し、一般企業の事務員というテイの私はほくそ笑む。

 

次の瞬間、

 

「ウラベ先生、お待たせしました」

 

ーー私は耳を疑った

 

(いま、なんて言った?)

 

私は自分が誰であるかを名乗っていない。それなのになぜ、ウラベ先生と言われたんだ?

 

もはや相手の言葉は耳に入らない。頭の中で、いつどこで私はミスをしたのかを考えた。ぐるんぐるんと遡るも、どのタイミングか見当もつかない。

 

「・・し、もしもし?」

 

「あ、、はい!」

 

現実に引き戻された私は、上の空で返事をすると電話を切った。そしてしばらく放心状態となり、一つの結論にたどり着いた。

 

私の携帯番号が登録されてるんだーー

 

社労士としてこんな恐ろしいことがあるだろうか。よりによって主務官庁である厚生労働省の下部組織である労働局に、社労士のくせに当たり前すぎるイージーな質問ばかりしてくるイカれた社労士がいる、と登録されているなど。

 

しかし、起きてしまったものは仕方ない。

気を取り直し、お隣りの千葉労働局へ電話をかける。さすがに千葉労働局では、私の番号を登録していないだろう。

 

 

思い返すと社労士としてろくでもないスタートを切った私。それでもいま、こうして10年以上も社労士として仕事を続けられるのは、労働局や年金事務所、社労士会のおかげでしかない。

もちろん、Google先生の存在も。

 

とりあえず、電話越しにキレることはやめよう。仮にキレて電話番号を登録されると、その後が恥ずかしいだけだから。

ちなみに電話をかける際、相手の番号の前に184をつけると非通知になることなど、当時は思いつく余裕すらなかった。

 

あの事件以後、東京労働局へ電話をする際は毎回、声質を変えていることは言うまでもない。

 

(・・今日のウラベ先生は声が高いな)

 

どう思われていようが、私の知ったこっちゃない。

 

 

Thumbnailed by オリカ

 

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