上野駅で肩を並べた若者は、大宮駅でベールを脱いだ

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(そういう選択肢も、あるんだ・・)

大宮駅で下車する若者の背中を見送りながら、なんらかの”格差”を感じるわたしなのであった。

 

 

所用で宇都宮へ向かうこととなったわたしは、目黒でピアノのレッスンを済ませるとすぐさま山手線に飛び乗った。宇都宮といえば栃木県の県庁所在地であり、北関東を代表するエリア。まるで小旅行のイメージが拭えない宇都宮遠征だが、乗り換え案内を見ると在来線での移動も可能とのこと。

(宇都宮まで、新幹線を使わずに行ける・・いや、行かなければならないのか?)

そりゃ青森までだって在来線を乗り継げば到達できるだろうが、その代償としてとてつもない時間を要することとなる。そのため、もしも座席の確保ができなかった場合、それは地獄を意味する。加えて、在来線内でパソコンを広げて仕事をするなど、ディスプレイを周囲の目に晒すこととなり情報漏洩のリスクしかないわけで、とてもじゃないができない。

そんなことからも、電車での長距離移動は新幹線一択・・というのがわたしの考えなのであった。

 

そして目黒から宇都宮へ新幹線で向かうには、東京駅で乗り換えるようナビされている。だが東京駅の次は数分で上野駅に到着するのだから、そこをわざわざ新幹線で移動することもないだろう。

仮に新幹線を使って東京⇔上野間を移動すると、各駅停車の新幹線の自由席で1,050円、グランクラスは6,290円もかかる。当然、この短い区間をあえて新幹線で移動する強者はいないだろうが、東京⇔宇都宮については自由席4,490円であるのに対し、上野⇔宇都宮は4,280円と、わずか210円の微差。コーヒー一杯すらも買えないほどの値段ならば、東京駅から乗ったほうが少しでも長い時間リラックスできるのではなかろうか——。

(いやいや、チリツモだ。この積み重ねが一杯のコーヒーに繋がるんだ)

こうしてわたしは、わずか210円をケチるべく東京駅をスルーして、上野駅へと向かったのである。

 

 

ある程度の距離を新幹線で移動する場合、わたしはグリーン車を選ぶことにしている。

金持ちでもないわたしが、自由席の倍ほどの特急料金を支払ってでもグリーン車に乗りたい理由の一つに、レッグレストの存在が挙げられる。レッグレストで足を上げておくと、気持ちがいい・・ただそれだけのことだが、わが家にそういったリクライニングチェアはないし、レッグレストを体験できるのは新幹線のグリーン車に乗った時くらいだからだ。

 

しかし、たかが45分程度の乗車時間となると、グリーン車分の特急料金がめちゃくちゃ勿体ない気がしてならない。そりゃ確かにレッグレストの恩恵にあずかりたい気持ちはあるが、それでも45分などあっという間に過ぎてしまうため、費用対効果として果たしてどうなのか迷うところ。

しかも上野からならば自由席でも十分座れるし、そこまで乗客もいないはず。宇都宮線や湘南新宿ラインで向かうことを思えば、新幹線の自由席は極楽ではないか——。

 

こうしてわたしは、上野から宇都宮まで自由席にて移動することにした。そしてみどりの窓口にて特急券と乗車券を購入すると、5分後のやまびこに乗車するべくホームへと向かったのである。

 

 

ホームにはまばらにヒトが立っていた。だが「なるべく人口密度の低い車両に乗ろう」と、わたしは最後尾へと歩を進めた。ホーム端へ向かうにつれて徐々に人間の数は減っていく。そして最後尾に到着した頃には、わたしともう一人の男性——二十代半ばくらいの若者と二人だけとなっていた。

ほどなくして入線してきたやまびこに乗り込むと、ほぼガラガラの車内で二人掛けの席を陣取った。上野の次は大宮、そしてその次が宇都宮だから、さすがに大宮で大量の乗客が乗り込んでくることもないだろう——。多分、その場にいる誰もがそう考えたであろうゆとりある車内で、わたしはしばしくつろぐことにした。

 

「まもなく大宮です。大宮には17時ちょうどの到着です」

上野からわずか18分で大宮駅に到着した。なんとなく大宮は遠いイメージがあるが、実際にはあっという間の距離であることに改めて驚く。とはいえ、われわれ上野から乗車したメンバーにとっては、大宮駅など大した意味はない。なんせ、こんなところで降りるために、わざわざ新幹線に乗ったわけではないのだか・・・・え?!

 

なんと、わたしと同じ乗車口に並んでいたあの若者が、使い古したリュックをひょいっと背負うとドアに向かって歩き出したのだ。身なりでヒトを判断してはならないが、大金持ちという感じはしないし、IT系企業の若手社長という雰囲気でもない。加えて急いでいる様子も見受けられない。それなのになぜ、あの若者は上野から大宮までをわざわざ新幹線で移動しようと思ったのだろうか——。

 

ちなみに、在来線でも27分で大宮まで着いてしまうわけで、わずか10分程度の差であれば490円で移動できる道を選択するだろう。それなのにわざわざ特急料金を支払ってまで、あえて新幹線に乗る理由とは・・これが貧富の差というやつか。

わたしのような所得の低い者では考えられないような選択肢を、上級国民は持っているのだ。そしてたったの10分かもしれないが、限りある時間を無駄にしないためにも、彼らは移動手段に新幹線を使うのだ。

 

 

都内から大宮へ移動するのに、新幹線という選択肢は決して出てこないわたしは、颯爽と去っていく若者の背中を見送りながら経済格差を痛感したのである。

 

Illustrated by 希鳳

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