クウェート生まれのダイアナ

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親が目の前で殺される光景を、ごく当たり前に見ることなど日本ではありえない。

クウェート生まれのダイアナは、幼くして両親を亡くした。

物心ついたばかりの彼女の目の前で、父と母は凶弾に倒れたのだ。

 

 

私が行政協力として、区役所で年金相談業務をしていたときの話。

 

日本語があまり話せず自己主張の強いダイアナは、どこの課でも「面倒な外国人」という扱いだった。

 

たまたま私の当番日、年金相談に訪れたダイアナ。

初めて会った時、彼女が何を言いたいのか正直分からなかった。

自分の言い分だけをまくし立て、こちらの意見を聞き入れようとしない。

 

仕方なく私は、しばらく彼女の無理難題に耳を傾け、適当な相づちを打っていた。

 

答えの出ないクレームを続けるダイアナに、一つのアドバイスをしてみた。

あなたの要求を完璧にクリアするものではないが、少なくとも現状よりは安心できるのではないか、と。

するとダイアナの態度が一変した。

 

「ここへ通い続けて半年、初めて私の話を聞いてもらえた」

 

少し驚いた表情でそう呟くダイアナ。

それまで私の話など聞く耳を持たなかった彼女が、急に自分がやるべきことをメモし始めた。

 

私は、親切心からダイアナを助けたわけではない。

必要な手続きというゴールへ強引に導いただけだ。

 

 

味を占めたダイアナは、それからもちょくちょく、私が当番の日に年金相談に訪れるようになった。

なぜか、日本の年金制度を詳しく学ぼうとするのだ。

 

そんな彼女の姿を見て、意地汚い女だと思った人もいたかもしれない。

「将来の年金など気にする前に、まずは働け」

内心、そう思った人もいたかもしれない。

 

何度目かの相談のとき、彼女は私のプライベートについて色々と尋ねた。

 

両親は健在なのか、兄弟はいるのか、結婚はしていないのか、なぜこの仕事をしているのか、この先どういう人生を考えているのか。

 

私は質問に対して手短に答えた。

そもそも業務中であり、無駄話は許されるものではないわけで。

 

一通り「私」を把握した彼女は、静かに話し始める。

 

「私が5歳のときパパとママは殺された。私の目の前でね」

 

当時、クウェートで暮らしていたダイアナ。

止むことのない爆撃音に怯え、家族全員でリビングのソファに隠れ、肩を寄せ合い恐怖を和らげる日々。

 

そんなある日、ものすごい銃撃音とともに敵の兵士らがドアを突き破り侵入して来た。

父はダイアナと妹、そして母をテーブルの下に隠れさせ、その上へソファを重ねて彼女らを守ろうとする。

 

その瞬間、

耳をつんざくようなマシンガンの発砲音と共に、床にうずくまる彼女の目の前に父親が崩れ落ちた。

さらに敵兵はソファ越しに何発か連射し、その凶弾により彼女の母親は命を奪われた。

 

「テーブルとソファはなんのためにあると思う?食事をするためでもくつろぐためでもない。命を守るためよ」

 

表情一つ変えずに話し続けるダイアナ。

それから妹と二人でいろいろな国を渡り歩き、今、日本にいる。

 

「自分の命は自分で守るの。だから、知らなきゃいけない」

 

これが彼女の根幹にある強い想いだったのだ。

 

この国で生きるならこの国のルールを知ること。

自分にとって必要な情報をかき集めること。

人に頼るのではなく、自ら学ばなければいけない。

 

そう淡々と話す彼女は、恐ろしく冷静で圧倒的な存在感を示していた。

 

「女だからって、舐められてはダメ」

「男と対等に戦えるということを、忘れないで」

 

ダイアナは私に一枚のメモを渡してきた。

そこには一言、

 

「 Knowledge is power」

(知識は力なり)

 

と書かれていた。

 

武器の前では無力だけど、知識は必ずあなたを守るはず。

だから、いつまでも学ぶことを忘れないで。

 

私の手の上に自分の手を重ねてニコリと微笑むダイアナは、年金相談の途中で帰って行った。

 

彼女は多分、このことを伝えたくて訪れたのだろう。

 

命の重さというものを、この平和な日本にいるとつい忘れそうになる。

両親の死をもって、生きる上で何が必要なのかを学んだダイアナ。

 

そして私は、女として生きていくための武器を彼女から与えられた。

 

 

翌年のクリスマス。

小さな男の子を連れてダイアナがやって来た。

 

「私のかわいい天使よ」

 

シングルマザーのダイアナだが、こんな素敵な天使と一緒なら心強い。

 

「あなたにとって素敵な新年を祈るわ」

 

ウインクしながら彼女と天使は去って行った。

アメリカへ向かうのだそう。

 

ーーあなたこそ、幸せな人生を歩んでよね

 

 

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