半月板損傷<グランクラス

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数日前、違和感のある左膝が明確に痛くなった。おまけにロッキングするではないか——。

ブラジリアン柔術というスポーツをしていると、「膝がロッキングした」という話を聞くことがある。もちろん、無理などせずに楽しく続ける分には、膝に問題は起きないだろう。だが、ついつい調子に乗って頑張ってしまうと、半月板や靭帯を傷める場合もあり、それを繰り返すうちに"老人の膝"が出来上がってしまうのである。

 

今回は、膝を曲げたりしゃがんだりした瞬間に、皿の裏側に激痛が走るパターンだ。それでも、普通にしている分には問題がないのでそろりそろりと過ごすことにした。

とにかく、受傷直後は安静が一番。そのため、なるべく膝を動かさないように膝の負担を極力減らす努力を続けたわけだ。

 

そして今日、乙の看病のために帰省していた長野から、現実世界である東京へと戻ることになった。実家にいると時が経つのが遅い。しかも、畳だったり天井が低かったりするので、すべての動きがなんとなく鈍くなる感覚がある。

 

(このままでは、竜宮城の太郎になってしまう・・・)

 

いずれはわたしもリアルな生活に戻らなければならない。もちろん乙の病状は気になるが、それでもわたしにはわたしの生活があり、それを放棄することはできないわけで・・。

そんな後ろ髪を引かれる思いを断ち切ると、わたしは長野駅へと向かった。

 

 

(・・・・・・・)

今から10分後に、東京行きの新幹線が来る。だが、指定席どころかグリーン車もグランクラスも満席じゃあないか。おまけに自由席はたったの4両しかないにもかかわらず、長野が始発ではないため、必ずしも自由席に座れるとは限らない。

それでも、実際に車内を確認しなければなんともいえないため、わたしは自由席の乗車券と特急券を購入すると、13番線へと向かった。

 

(・・・・絶望的に無理)

入線してきた新幹線の車内は、デッキはおろか通路にびっしりと人間が立っている。どう転んでも座れるわけがないので、さっさと諦めるとわたしは「みどりの窓口」へと向かった。

なぜなら、今から50分後に発車する「あさま」は、指定席とグリーン車は満席だがグランクラスには空席がある、ということを密かに知っていたからである。

 

そもそもグランクラスという車両に乗ったことのないわたしは、「たかが移動手段で贅沢するなんて、カネの無駄遣いだ!」と拒否反応を示していた。しかし今は違う。東京へ戻るためには、なんとかして座席を確保しなければならないわけで、いくらカネを積もうが背に腹は代えられない。

なんせ今から3時間後まで、新幹線の指定席はすべて満席という恐るべき事実。さすがは三連休の最終日・・・。

 

こうしてわたしは人生初のグランクラス・・もとい"新幹線のファーストクラス"に乗る権利を得たのである。

ちなみに余談だが、みどりの窓口も大行列ができており、20分待たされたあげくにラスト1席というから驚きだ。要するに、わたしの後ろで「あさま」に乗ろうとする客がいれば、残念ながら確実な座席の確保は不可能ということになる。

(・・まさかのグランクラスだが、まぁこんな事情でもない限り乗らないだろうから、ありがたく満喫させてもらおう)

そしてわたしは、再び改札を通過した。

 

 

長野は極寒のため、出発時刻ギリギリまで待合室で寒さを凌ぐのがセオリー。そして出発の2分前に、わたしはいそいそとホームへ降りるとグランクラスの12号車へと歩を進めた。

ところが、ホームの電光掲示板が発車時刻の遅れを示していた。

(おかしいな。とくにアナウンスはなかったはずだが)

念のため、手元の切符に記載された新幹線の列車番号を確認すると・・なんと、発車標に記載された列車番号と切符のそれとが違うではないか!!!

 

わたしはパニックになった。——あと1分で新幹線は発車する。つまり、高額な料金でラスト1席のグランクラスを購入したことが、無駄になるのだ。

それにしてもなぜ、東京方面のホームにいるはずの新幹線がいないのだ・・・。

 

事態が飲み込めないままふと金沢方面行きのホームに目をやると、そこには「あさま」の車両が止まっていた。さらに目を凝らすと、車両に設置された行先表示器に、手元の切符に記載された列車番号が記されているではないか——。

(あ、あれだっ!!!!)

わたしは瞬間的に走り出した。靴は相変わらずのサンダルだが、高さのあるエスカレーターの段差をもろともせず全速力で駆け上がった。だが残酷にも、乗車予定の新幹線が待機するホームからは、発車を知らせるメロディーが聞こえてくる。あぁ、これはたしか「信濃の国」という歌だ・・。

 

半月板を損傷したため、ろくに歩くこともできなかったわたしが、何日ぶり・・いや何カ月ぶりかに全力疾走を披露した。おまけに、ホームへ向かう下りのエスカレーターなどは一段飛ばしで駆け下りながら、鬼の形相でこう思った。

——グランクラスの権利を無駄にするなど、絶っ対にできない!!!!!!

 

 

こうしてわたしは、エスカレーターから最も近い9号車の乗車口に転がり込んだ。転がるというより、飛び込んだ勢いで逆側のドアに激突するほど、物凄い勢いで「あさま」に乗り込んだのだ。

その結果、膝の痛みよりもグランクラス(高額商品)が優先される・・ということを証明したのである。

 

サムネイル by 希鳳

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