サイトウさん

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「保険証が『斉藤』なんですが、大丈夫ですかね?」

齋藤さんからメッセージが届いた。

 

サイトウを漢字にすると、思っている以上に種類が多いことに驚く。「サイ」だけでも斉、齋、斎、齊、他にもあるかもしれない。さらに「トウ」のほうも、藤、籐、當の他に、変換できない四画草冠の藤もある。

まったく、漢字とは面倒で複雑な記号である。日本人だけでなく外国人が混乱するのも無理はない。

 

その昔、日本年金機構が社会保険庁だった頃、それこそマンパワーで事務作業を回していた時代がある。そして国民年金、厚生年金、共済年金に加入する被保険者をそれぞれ、7から10桁の独自の記号番号で管理していた。

その後、平成9年に「基礎年金番号制度」が実施され、年金制度によらず共通の番号で管理されるようになった。

さらに、平成27年に始まったマイナンバー制度により、その翌年から社会保障や税・災害対策の分野で利用されることとなった。そして平成30年より、社会保険の資格取得や喪失の申請時に、基礎年金番号の代わりにマイナンバーを記載することが義務付けられた。

 

「義務」というのは言い過ぎだ。マイナンバー記載欄には、カッコで小さく「基礎年金番号」とも書かれているため、基礎年金番号を記入しても申請は受理される。

だが5年前は、「マイナンバーが未記入のため返戻します」という意地悪をされたこともあった。ところが最近、試しに基礎年金番号のみで申請してみたところ、すんなり審査が終了したので驚いた。

事務処理の運用というのも大変なのだろう。膨大な数量をマンパワーでさばくため、ある程度のバッファーを確保しておかなければならない。そう考えると、日本年金機構の職員の皆さんには頭が下がる。

 

――話をサイトウさんに戻そう。今回、新規で資格取得を電子申請したところ、すんなり審査が終わった。当たり前だ。正確な情報を入力し、取得日の0時ちょうどに申請ボタンをクリックしたのだから、はじかれることなく審査は進み、すんなり資格取得となるに決まっている。

ところが、発行された公文書には「斉藤」の文字が。

(・・なぜだ。何度見直しても、わたしは「齋藤」と入力して申請している。それなのになぜ、わざわざ簡単な「斉」に修正されて審査が終わっているのだ)

――解せない。マイナンバーカードにも「齋藤」と記載されているということは、住民登録も齋藤のはず。運転免許証やその他の証明書もすべて齋藤で統一されているのに、なぜ、社会保険だけが「斉藤」に強制的に修正されてしまうのか。

 

原因は、基礎年金番号の登録が「斉藤」であることが考えられる。過去にこのようなケースを何度か目にしたが、いずれの場合も「基礎年金番号に登録されている漢字が、こちらだからです」と言われたからだ。

基礎年金番号制度が始まる前、入社の際に社会保険に加入するわけだが、企業の人事労務担当者が手書きで申請書類を作成し、年金事務所へ届け出ていた。そのため、労働者本人から提出された個人情報を元に、個人データを作成していたわけだ。

もしも労働者本人が略字で書いていたり、企業担当者が略してしまったりしたら、多くのサイトウさんが本来とは違う漢字で登録されていた可能性がある。ヤマザキさんの「ザキ」や、ワタナベさんの「ナベ」も同様に、一般的というか、簡単な漢字で登録された人は少なくないだろう。

 

案の定、今回も基礎年金番号の登録氏名を優先したため、住民登録の漢字ではない漢字で処理されてしまったのだ。

年金記録は人によって違うため、基礎年金番号制度が始まる前に複数の年金番号を所持している場合がある。それらの記録が一部抜けてしまい、受給できる年金額が少なくなってしまったという事件は、記憶に新しい。

これらの事情もあり、日本年金機構は過去の加入記録が欠けることを憂慮し、マイナンバー制度が開始されてからも基礎年金番号の登録氏名を優先していたのだ。

 

ではなぜ、健康保険証まで基礎年金番号の情報が引き継がれるのだろうか。

理由は簡単だ。協会けんぽへの加入の流れは、日本年金機構へ資格取得を申請することで、まずは厚生年金に加入する。その後、個人データを協会けんぽへ転送することで、自動的に健康保険証が発行されるのである。

よって、基礎年金番号の情報が優先された結果、サイトウの漢字も住民登録とは異なる漢字で協会けんぽへと送られたのだ。

 

(だったら、なんのためのマイナンバーなんだ・・・)

 

わたしは至極当然な疑問を抱いた。マイナンバーで個人情報や年金記録を統一するとかなんとか、言っていたじゃないか。それなのに、基礎年金番号の情報が最優先されるのならば、マイナンバーや住民登録の意味って、なんなんだろうか。

 

・・・という愚痴を、年金事務所の適用課の職員と分かち合いながら、今回は職権で記録訂正となった。

目まぐるしく変化するデジタル社会において、まだもう少し、人間によるアナログ処理は必要とされるだろう。

 

サムネイル by 鳳希(おおとりのぞみ)

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