母のまぶた

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本日、母が「まぶたを持ち上げる手術」を行った。これは、眼瞼下垂(がんけんかすい)手術というもので、年齢とともに衰えていくまぶたを支える筋肉や腱を、まぶたの内側から引っ張り上げてやるのだ。

術前検診で、母のまぶたはおよそ8ミリしか持ち上がらなかったので、「もう2~3ミリ上げてみよう」ということになった。ちなみに、娘のわたしは20ミリを超える大開眼を見せたので、「わたしも眼瞼下垂の手術を受けて、パッチリおめめになろう」という密かな野望は、あえなく砕け散ったのだが。

こうして今日、めでたくまぶたを持ち上げた母は、目の上にデカいガーゼをくっ付けて手術室から出てきた。明日にならないとガーゼを外せないため、どのくらい目が開くようになったのかはまだ分からない。だが、ガーゼの下からチラッと覗いてみると、今まで見たこともないような大きな黒目(といっても、色素が薄いので青っぽい緑色の黒目だが)を確認することができた。

(うわ!こんなに目デカかったんだ)

もしも両目がこの大きさならば、かなり目の大きな女性だったに違いない。若い頃、謎の病気で左の眼球を摘出してしまったため、それ以降は義眼をはめて生きてきた母。二度と左目で光を見ることができなくなった彼女は、いったいどんな気持ちで毎日を過ごしてきたのだろうか。

そして残酷なことに、残された右目も不幸に襲われた。今から20年前、角膜移植をする際に手術の途中で麻酔が切れたのだ。あまりの痛さに思わず力んだ結果、水晶体や虹彩が飛び出してしまい、それらを元に戻すことができないまま角膜を縫い付けることとなった。

たしかに、角膜移植自体は成功した。だが、正常な水晶体と虹彩を取り除かなければならなかった原因は、麻酔の種類や量が不適切だったからに他ならない。それなのに「これは医療過誤ではない」とされ、母はたった一つの見える目すらも、不自由な状態となってしまったのだ。

それからしばらくは塞ぎ込み、後悔と恐怖に苛まれる日々を送っていた母だが、いつしか持ち前の明るさ(ノー天気さ)で笑顔を取り戻した。

 

 

時が過ぎ令和となり、母は義眼と健常眼との「見た目の違和感」を訴えるようになった。要するに、オシャレに目覚めたのだ。何度も何度も義眼を作り直したり、義眼床を調整したりと、できる限りの手は尽くしたが、やはりそこは義眼であるが故に限界はある。それでも納得のいかない彼女を連れて、わたしはとある形成外科医の友人の元を訪れた。

「こっちの目の方が小さいですね。こっちが義眼ですか?」

そう言いながら、健常側の右目をまじまじと見つめるドクター。「なにトンチンカンなこと言ってるんだ!」と思いながら改めて母の顔をのぞき込むと、たしかに義眼のほうが本物の目に見えることに気が付いた。健常眼は先の手術の影響か、やや青みがかかっており、こちらのほうが義眼に見えなくもない。そしてドクターは、健常側のまぶたがぼてっと垂れ下がっていることを指摘したのだ。

「このまぶたをちょっと上げるだけでも、左右のバランスがとれるんじゃないかなぁ」

そういいながら、ちょいちょいとまぶたを器具で持ち上げて、左右の目の開き具合を揃えてみせた。——このアイディアには、わたしも母も驚きを隠せなかった。これまでは、必死に義眼をどうにかしようと試行錯誤を繰り返してきたのだが、ここへきて、健常側をどうにかすることで義眼側に合わせるという思考が生まれたからだ。

そして、年甲斐もなくノリノリの母に対して友人は、日本一の「眼瞼下垂手術ドクター」を紹介してくれたのであった。

 

——こうしてとんとん拍子に事が進み、母は重たいまぶたを持ち上げることに成功した。とはいえ、まぶたがどんな状態なのかはまだ誰も見ていない。明日の朝、スマホを使ったオンライン診療の際に傷口を覆っているガーゼを外すからだ。

そしてわたしは、母のスマホにオンライン診療用のアプリをインストールした。ポケットドクターというそのアプリは、ドクターと患者がビデオ通話で繋がることができるため、手術翌日の患部の状態がしっかりと確認できるのだ。

もしも医療DXが進んでいなければ、術後の患者は翌日、診察のためにクリニックを訪れなければならない。つまり、母のように地方から上京する人の場合は、ホテルで一泊する必要があるわけだ。ところが、このオンライン診療を使えば、遠く離れた自宅からでも診察を受けることができるため、患者にとって非常にありがたいシステムといえる。

だがこれは、実はドクターにとっても「ありがたいシステム」なのかもしれない。今回の執刀医は眼瞼下垂日本一と称されるドクターだが、彼は拠点を一カ所に留めず複数のクリニックで手術を行う、まさに「ドクターX」なのだ。だからこそ、手術翌日の診察をオンラインで行うことで、より多くの患者のまぶたを持ち上げることができるのである。

「既存の健康保険証を廃止して、マイナンバーカードに一体化する」

というくだらない茶番ばかりが先行し、医療分野でのDXなど興味のかけらもなかったが、ここへきてオンライン診療の便利さを目の当たりにすることで、新たな医療制度の可能性を知ることとなった。とはいえ、今はまだオンライン診療の受診前であり、実際の感動はもう数時間ほど待たなければならない。

右目の上に氷を入れたビニール袋を載せて、スウスウと寝息を立てる母を横目で観察しながら、わたしもそろそろパソコンを閉じようと思う。

 

Illustrated by 希鳳

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3件のコメント

お母様お疲れ様でした!
瞼の腫れが引いて完成形になるまでは結構長い手術のようですが(私も右目軽度下垂のためカウンセリング済み)綺麗になると思ってダウンタイムも明るく過ごしてほしいですね!
知り合いの息子さんが受けて、かなりパッチリになったと言ってました!

おぉ、ありがとう!オカンは角膜移植してるから、まぶたを上げすぎるとドライアイが酷くなるとかもあって、パッチリにはならないようにしてあるんだ。。上げすぎると、閉じたつもりが薄っすら開いてたりして、角膜傷つけちゃうらしい。色々と難しいもんだよな笑

お母様お疲れ様でした!
まぶたの腫れがあったりとか定着までに時間がかかるとは思いますが(私も片目軽度下垂のためカウンセリングしてきました)綺麗になるのを信じてダウンタイムも明るく過ごしてほしいですね!
友人の息子さんも受けて、術前術後を見せてもらいましたがすごくパッチリしてましたよー!

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