点字って、そんなルールがあったんだーー。
父との会話で、わたしは今日初めて「点字」のルールを知った。
昔はかわいいもので、誕生日や父の日に点字でメッセージカードを送っていた。
小学館から発刊されている「テルミ」という絵本は、点字と墨字(いわゆる普通の文字)で書かれている。
イラストなどは発砲インクで描かれており、指で触ると盛り上がっているため、どんな形をしているのか体感できる。
その「テルミ」の裏表紙に点字50音の一覧表が載っており、それを見ながらメッセージカードを作成したのだ。
点字というのはやっかいなもので、それ専用の道具と紙がなければ文字を記すことができない。
まずは「点字板」「点字器」と呼ばれる特殊な下敷きと、点筆と呼ばれる目薬を逆さにしたような形の点字を打つためのペンが必要。
さらに点字を打つ紙も、通常の厚さでは破れてしまうので、少し厚手の「点字紙」でなければならない。
そして早速、テルミの裏表紙を参考に文字を打つ。
「お・と・う・さ・ん」
とりあえず点字板から外して出来栄えを確認する。
ーーん?
なんと、逆じゃないか!!
ーーそういうことか。
点字というのは一文字が6個の点で構成される。そしてテルミに記載されている50音の表は、指で触って文字として読める側の状態で記されている。
つまり点字を打つ時は、触って読める凸と逆に打たなければならないのだ。
しかも左から右へと読ませるためには、打つ時には右から左へと進めなければならない。
ーー早速、紙を一枚無駄にした。
その後もなんだかんだで失敗を繰り返しながら、なんとか完成したバースデーカード。
「おとうさん たんじょうび おめでとう」
たったこれだけの文字を並べるのに、どれほどの険しい道のりだったか想像できるだろうか?
最大の難関は「じょ」だ。
点字の場合、濁音を書く時には「濁音符」というコマンドを入力することで、次の文字が濁音であることを示す。
そして今回、濁音にとどまらず「拗音(ようおん)」まで入っている。つまり「濁音+拗音」という特殊なコマンドを入力し、その上で「濁点を取り、ローマ字表記でyを除いた清音を記す」のだ。
小学生には非常に難易度の高いミッションであることは、言うまでもない。
たしか翌年以降は、ローマ字で「Happy Birthday」とだけ記した記憶がある。
これのほうがカッコいいし、簡単だからだ。
*
とまぁこの事件があってからは、点字というものが大嫌いになり、読みもしなければ書きもしなかった。
それが今日、父との会話で点字の奥深さを知ることとなる。
「そういえば点字で漢字ってあるの?」
「あるよ」
「マジで?どうやって表すの?」
点字の漢字のことを「漢点字」と呼び、点字器も特別なものを使う。
通常の点字は6個の点で一文字を表すが、漢点字は8個の点で一文字を表す。
そしてさらに複雑なのが、いくつもの字を組み合わせて漢字一文字を構成することだ。
たとえば「萩」という字は、
①くさかんむりを打つ
②のぎへんを打つ
③火を打つ
この3つを組み合わせて「萩」という漢字一文字が完成する。
ーー無理だ。
少なくともわたしには無理だ。わたしの目が見えなくなったら、漢字とはおさらばするしかない。
今思えば、父はしつこいくらいに漢字の構成について聞いてきた。
「それはどういう字を書くんだ?」
「その漢字はどういう組み合わせでできてるんだ?」
その度に、めんどくさいわたしは、
「そんなの説明できないよ!」
とぶっきらぼうに突き放してきた。
どうせ説明したって分かりにくいし、伝わらないと考えたからだ。
だが、漢点字というものがこのような複雑な要素で出来上がっているということを、今日初めて知った。
そして父がしつこく聞いてきた理由も明らかになった。
となると、たとえば「薔薇」という文字など、どうやって書くのだろうか。
ーー考えるのを止めよう。
*
父いわく、
「最近は漢点字は使われなくなったな。音訳図書も増えたし、そもそも難しすぎて、中途失明の人なんかは覚えきれないだろう」
とのこと。
たしかに、40代50代で失明した人が、一から点字を覚えるのは至難の業。
だったらとりあえず、ひらがなだけでも点字で読み書きできるようにして、あとは音声を頼りに生活していくほうが無難かもしれない。
ところで、しょっちゅうメールやチャットをよこす父は、誤字脱字がほとんどない。その理由を尋ねると、
「漢字をいちいち確認してるからな」
ほう、どうやって?
「『放送』なら、『はなつ、おくる』という風に、その漢字が合ってるか確認してるんだよ」
なるほどーー。
今どき、視覚障害者でもSNSやネットを使いこなす時代。
ガラケーを所持する父の次なる目標は、スマホを使いこなすことらしい。
ーーそうなると、本当に「点字」という文化は消えてしまうのかもしれない。
ま、それが時代というやつだ。
Illustrated by 希鳳
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