ライバル最強神話のぶち壊し方

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ーーざっくりと言うと、ある競技で世界の頂点に立った後輩が、国内のごく普通の選手に負けた

 

こんなことが起きるのだろうか?

 

起きる可能性は十分あった。

 

 

後輩が世界一になったとき、ライバルはいなかった。

 

正確にいうと、ライバルの存在など気づかないほどに、自分のことしか見えていなかった。

良くいえば純粋、厳しい言い方をすれば幼稚で未熟だった。

 

ミスももちろんあった。

しかしそれは自分自身のミスであり、機械的に直すことで解決できた。

緊張もしたはず。

しかしそれも自分自身の緊張であり、目の前のことで頭がいっぱいになれば、それすらも忘れていただろう。

 

 

そんなコンフォートゾーンに入りながら、彼女は世界一に輝いた。

 

 

あれから4年、後輩は精神的にも成長した。

そのおかげで周囲を見渡す余裕ができた。

 

日本代表の彼女は「自分の正しい見せ方」を習得し、アスリートとしてどうあるべきかを認識しはじめた

 

 

その結果、他人に足を引っ張られるようになった。

 

 

 

私は彼女に勝てなかった。

実際の勝ち負けではなく、本質的に勝てなかった。

 

常に彼女を意識し、競技歴の短い後輩に負けたくないと思っていた。

そんなことを常に思っていたわけではないが、いま思い返すとそれしか頭になかったように思う。

 

 

競技に集中したくても意識は勝手にライバルへ向く。

 

ーーダメだ、いまは競技に集中しなければ

 

そう強く自分に言い聞かせる。

不思議なことに、そう思えば思うほど「競技に集中すること」に集中し始める。

 

この2つは似ているが、「競技に集中すること」と「競技に集中することに集中すること」は、まるで違う。

 

集中すべきターゲットがズレている。

集中することに集中する、ということは、本来集中すべきことではないことに集中しようとしている。

 

思えば思うほど、念じれば念じるほど、意識はライバルへと向くだろう。

逃れられない負のスパイラルの濁流に飲みこまれていくのだ。

 

 

ではどうやって、私がその濁流から生還したのか。

それは「彼女へ近づくこと」だった。

物理的な意味も含め、彼女を知ること、もっと言うと彼女の中へ入り込むことだった。

 

一般的に使われる「アンコンシャス・バイアス」とは異なるが、自分の中で作り上げられたライバル像は、案外、事実とかけ離れている場合が多い。

 

ライバルのほうが強い、ライバルのほうが上手い、ライバルのほうが練習している、ライバルのほうがキャリアがある。

 

数え上げればきりがない「ライバル最強神話」

 

しかしライバルと実際に会話をしてみると、思っていたほど怖くはなく、思っていた以上に人間らしかったりもする。

さらに交流を深めていくうちに、「思い描いていた絶対神」とは違う人物像に描き換えられていく。

 

なんだ、これがリアルかーー

 

そう思えたとき、得体の知れない恐ろしいライバルは消滅する

 

 

もちろん、人物像を知るだけですべてが把握できるわけではない。

競技における動作や特徴など、ライバルが優れている点を研究することは必要。

対人競技ならば過去の試合映像をチェックすべきだろう。

 

 

だが、その人を知ることで明らかになることもある。

 

 

人は、見えないもの、知らないものを怖がる。

しかし知ることができれば対策が立てられる。

 

テクニカルな意味ではなくメンタルの意味で、知ることが重要だ。

 

 

そうは言うものの、ときには相手を知らないほうが幸せなこともある。

 

あるとき私が対戦した相手は、私よりも競技のキャリアが長く強敵に思えた。

殺るか殺やられるか、そういう気持ちでマットに立った。

 

開始から殺すつもりで試合をしたし、そのおかげで勝利した。

私は勝てたことにホッとした。

 

そろそろ着替えようと更衣室に向かう途中、会場の隅っこで肩を抱き合い泣いている親子がいた。

 

 

それは私の対戦相手だった。

 

 

まだ小さい娘が、母の肩を抱きしめながらワンワン泣いている。

母は娘に何度もゴメンねと謝っている。

 

 

私はなんてことをしたんだーー

 

 

とっさに、首にかけていたメダルを外しリュックへ放り込んだ。

 

 

勝負事に感情論は不要。

しかし相手も人間である以上、それぞれの生活があり、仕事があり、人生がある。

 

彼女はどんな思いでマットに立ったのだろうか。

思い返すと、娘の声援が聞こえていた気がする。

母が勝利する姿を楽しみに、張り切って応援していたはず。

 

私はそのことを知らなかったおかげで、心を鬼にして勝ちに徹した。

もし、そのことを知っていたらーー

 

 

相手を知ることで揺らぐ決意もあるかもしれない。

それでも勝たなければならない。

知ったうえで、勝たなければ。

 

 

得体の知れない恐ろしいライバルから逃げてはならない。

むしろ近づき、食いちぎらねば。

己の血となり肉となり、ライバルを養分に成長するのだ。

 

 

怖いものがあるのなら、なぜ怖いのかを探り、噛み砕き、消化しろ。

 

飽きるほどライバルを分析し尽くせ。

 

得体が知れたら、真っ向勝負。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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