試合が終わり減量から解放されると、近所のベーグル屋へ行くのが私のルーティン。
格闘技などとは縁遠い生活を送るベーグル屋のスタッフは、戦利品のメダルを見ると大喜びしてくれる。
今回もご多分に漏れず、結果報告に店を訪れた。
他のフロアにいたスタッフまで呼び出され、とっかえひっかえメダルを手に取り珍しがる。
大したことではないにせよ、多くの人が喜んでくれる姿は見ていて気持ちのいいものだ。
「これ、私たちからのメダルだよ」
こっそりと紙袋の中身を見せながら店長が言う。
小さなベーグルと小さなチョコレートーー
なにかをもらうためにここへ来るわけではないが、「小さなメダル」のご褒美は心に染みる嬉しいギフトだ。
*
このご褒美から、堀先生の言葉を思い出すことになる。
堀先生は私が通うジムのオーナーで、格闘家としてリングにも立つ現役最強のミドルエイジ。
本業は弁護士だが不動産でも富を築き、まさにマルチタレントと呼ぶにふさわしい人だ。
彼を語るにはどうしても「金の話」が先行する。
よって、堀鉄平という人を手っ取り早く知るにはスパーリングがいい。
以前、堀先生に手合わせをお願いしたときのこと。
「どうして逃げないの?」
スパーリング途中に突然聞かれた。
状況は、私が抑え込まれて身動きがとれずじっとしていた時だった。
先生いわく、
「背中をマットに押さえつけられてたら、そりゃ動けないでしょ」
それはそのとおりだが、どうすれば逃げられるのか私の知識と経験では閃かなかった。
「横向けばいいのに、すき間ができれば何かできるでしょ」
この言葉にハッとさせられた。
これは柔術とか格闘技とかそういう問題ではない。
やられかけた状況でどうやって脱出するのか、という問題だ。
こんな簡単で単純なことにも気付かず、私はせっせと毎日練習に励んでいた。
「戦い」という本質を学んだ瞬間であり、凝り固まった考えから解放された瞬間でもあった。
そんな堀先生の自論として、
「自分だけ成功しようとすると長続きしないし、大したことはできない」
という格言がある。
高潔な人格者でもないかぎり口にしないであろうこんなセリフ、私は信じない。
都心の一等地に土地を買い、建物を建てて売ることで利益を得る。
このやり方を他の人にも実践してもらうため、先生は「堀塾」なるものをスタートさせた。
「塾」の会費で儲けるにしては規模が小さすぎる。
では、なぜわざわざ塾など開いておいしい話を他人に流すのか。
「僕の後ろには200名以上の塾生さんがいます。
僕が買った土地を、塾生さんにローンが付いたら渡すということをしていたら、僕のところに優良な土地がどんどん集まるようになったんです。
今じゃ都内一、優良な不動産の情報が集まっていると思います」
つまり、堀先生一人では成し遂げられない成功が、塾生らにシェアすることで可能となったのだ。
たしかに優良な不動産を購入したくても、土台となる信用や資金がなければ業者も仲介してくれない。
しかしここまでの実績から、堀鉄平に対してならばと情報が集まるようになり、今では週に2回土地を購入しているとのこと。
もしも塾生が買わなければ自分で所有すればいい。
優良不動産ゆえ損にはならない。
ーー良いものを手に入れたければ、他人とシェアすることでより大きな成果を導き出せる
まさにそのとおりだ。
*
ベーグル屋でもらった「小さなメダル」を掌で転がしながら、堀先生を思い浮かべた。
そして彼の話とは規模も内容もまったく異なるが、喜びや幸せを他人とシェアすることについて、ふと考えた。
私は減量前、食べ納めにベーグルを買う。
そして試合後は報告を兼ねてベーグル屋を訪れる。
海外から帰国したときも土産とともにベーグル屋へ顔を出し、
閉店間際に残っている商品があれば、気前よく買い占める。
そんなことを繰り返すうちに、
焼きたてのベーグルがあれば優先的に出してくれたり、
注文時間外でも内緒でオーダーを受けてくれたり、
勝っても負けても「メダル」のご褒美をもらうようになった。
ちっちゃなことだが、なんとも嬉しい関係性が築けていることに気がついた。
堀先生は、無形資産の価値についても語っている。
知識、経験、資格、信用といったものが無形資産の代表例。
自己満足の無形資産に価値はないが、収入につながる無形資産は不動産や現預金と同等の価値がある。
この点、私の無形資産はほぼ自己満足ゆえ、金銭的な価値は乏しい。
しかし心を潤す価値ならば十分にある。
(これだから私は金持ちになれない)
特別なことをしなくても当たり前に広がる世界はあるし、それが今後どのような資産価値につながるのかはわからない。
だが喜びや幸せというものは、なるべく多くの人にシェアしていこう、と「メダル」をほおばりながら思うのだ。
コメントを残す