服を脱いで自由になる。(ピアノと微分の話)

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「自由は手に入れるものじゃない、扱うものだ」

 

 

私が「自由」を痛感したのは、大学へ入学したときだった。

人生初の一人暮らし。

授業は自分で選択でき、アルバイトや遊びも自由に調整できる。

 

この自由、実際は完全なる放置だった。

 

何をしたらいいのかわからない。

わからない、というよりできることが何もないのだ。

高校生の頃、あれほど欲していた自由なのに。

 

そのとき感じたことは、「狭い檻の中が私にはちょうどいい」ということだった。

そこで悪事を働いたり、ちょっとはみ出すくらいのスペックでいい。

 

義務教育というやつは集団生活の訓練の場であり、知識や教養を広げる場ではない。

 

唯一、己の能力を引き出す、或いは伸ばしたことと言えば授業中の昼寝のスキルだ。

あからさまに机に伏せるとバレる。

よって工夫を重ね失敗を繰り返し、精度の高い昼寝をあみ出す。

 

誰に習うわけでもなく、自ら研究→昼寝を実行→バレる→寝方を改善というサイクルを繰り返すわけで、これこそが社会勉強の根幹といえる。

 

あの頃の24時間は学校生活を中心に回り、狭い檻のなかで自由を満喫していた。

その檻から放たれたいま、手に入れたはずの自由は広すぎて扱いきれなかったのだ。

 

 

先日、ピアノのレッスンでのこと。

シューマンの練習曲を弾いている途中、

 

「そこ、もう少し小さく弾いて」

 

先生に止められた。

言われたとおり音を小さく弾いた。

 

「違うのよね。じゃあ小さくなって弾いてみて」

 

再び言われたとおり、体を丸めながらそっと弾いた。

 

余談だが、ピアノという鍵盤楽器の構造からして、鍵盤を叩く速度で音の強弱は決まるため、体を丸めようが伸ばそうが音に変化があるとは思えない。

見た目の問題というか、そういう風に聞こえる「気がする」程度だと、私は小ばかにしていた。

 

「体が半分の大きさになった感じで弾いてみて」

 

先生の戯言に付き合う。

イメージを膨らませながら体を半分に圧縮して弾いた。

 

「うん、いいわね。次はこぶしくらいで弾いてみて」

 

体半分はイメージしやすいが、こぶしまで小さくなると難しい。

それでも脳をビンビンに刺激し、こぶしの大きさになったつもりで鍵盤に指を置く。

 

小さく弾くということは、実際かなりの力を使う。

それこそ指先だけの動きでは、弱い音はうまく出せない。

腹筋を固め、つま先まで力を通わせながら全身を緊張させる。

その状態でようやく、微かな弱々しい音が鳴るのだ。

 

「こぶしくらいの演奏ならだれでもできるのよ」

 

(・・なんだと)

 

「服を一枚脱いだくらいの違いを聞かせてちょうだい」

 

服を一枚抜いだくらいーー

そんな差が出せるのか?

 

無論、音の強弱だけの問題ではない。

感覚的にその「一枚」を表現できるのかということだ。

 

全身の力を込めて、纏(まと)っていたシャツを脱いだ。

先生は首を横に振る。

もう一度、別の服を脱ぐ。

 

くるっと背を向け窓へ向かう先生。

 

その後も私は何度も服を脱いだ。

ときには厚手のパーカーを脱ぎ、ときにはコットンのTシャツを脱いだ。

しかし先生の表情は変わらない。

 

ーー脳内を整理しろ

 

服を一枚脱ぐ感覚とはどの程度のものなのか。

物理的な一枚ではなく感覚的な一枚とは。

 

イメージしろ、強くイメージしろ。

 

そして静かに鍵盤へ指を乗せた。

シルク素材の薄手のカーディガンからするりと腕を抜き、ソファの背もたれにそっと掛けた。

 

「それよね、その感じよ」

 

たった一小節を弾くために、どれだけの苦労を強いられるのか。

ドッと疲れが襲った。

と同時に、演奏の幅が広がったことを実感した。

 

ーーそうか、これが自由な演奏の土台になるのか

 

好き勝手にピアノを弾くということと、自由にピアノを演奏するということをはき違えていた私。

 

スキルやテクニック、経験、想像力が相まってこそ自由な演奏に手が届く。

今までの音楽性の幅では、自由などちゃんちゃらおかしい狭き檻の中。

一枚の服を脱ぐ演奏ができてこそ、さらなる自由を表現できるのだ。

 

引き出しが3つではすぐさま力尽きる。

引き出しが100あればそこそこ楽しめる。

引き出しが一万あれば、そこには自由があるだろう。

 

自由とは、扱えてこそ初めて「自由を手に入れた」と言える。

扱えない武器をいくら持っていても、そこに自由はない。

 

限りなく差のない微細な要素を増やすことで、変化するものがある。

そんな極限小を追求することこそ、大きな自由の謳歌につながるのではないかと、ふと思った瞬間だった。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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