彼女が操縦桿を握ったら

Pocket

 

「URABEのブログ、毎日読み漁ってるよ」

 

枕元のスマホが鳴り、渋々手に取るとこんなメッセージが届いていた。

 

もう今日は寝てしまおうか――。

何を書こうか、何時間頭をひねっても思い浮かばないわけで、考えるだけ時間の無駄。そんなときは寝るに限る、と言いたいところだが、もしも寝てしまえば「毎日投稿する」を終わらせることになる。

それでも、本当に何も浮かばないのだから、今日はもう無理だろう。

 

だがどうせ終わらせるのならば、とんでもない理由がいい。

仕事が忙しいから、疲れているから、体調が悪いから、書くことが浮かばないから、そんな当たり前の理由で終わらせたくはない。

せめて、日本が他国から攻撃に遭い、インターネットが繋がらなくなったせいで投稿できなかった、くらいの圧倒的な理由がほしい。

 

それか、ただなんとなく投稿しなかった、のどちらかだ。

 

わたしは、いわゆる「ネタ」があれば書けるというタイプではない。むしろ、ネタ的なものを嫌う傾向にある。

そのため、わたしだけが「面白い」と思えるような、ちっぽけでつまらないものに焦点を当てている。

どうせ書き上げるのに3時間を費やすのだから、それならば苦痛よりも快楽であってほしいという理由からだ。

 

かといって、毎日「ちっぽけでつまらないもの」を見つけては膨らませるほどの、執筆技術も文才も持ち合わせていない。つまり毎日が崖っぷちなのだ。

 

そんな混沌とした日々を繰り返すなか、ほぼ諦めかけた頃にいつも、なんらかの助け舟がくることが「わたしの才能」かもしれない。

もういい、今日で終わりにしよう――。そう思った矢先に、何かが起きてパソコンを開くことになるのだ。

 

そして今日は、この友人からの思いがけないメッセージが引き金となった。

 

しばらくやり取りを続けるうちに、彼女の意外な素顔を知ることとなった。

「私、どんなことでも楽しめるんだ」

そう断言する彼女は、乗り物が好きらしい。どうやら、わたしのカピバラ好きに通じるものがあったらしく、昨日のブログを読んでのメッセージだった様子。

 

乗り物好きとのことで、ちょっと意地悪な質問を投げてみた。

「さすがにバイクとか乗らないでしょ?」

見るからに女子っぽさ満載の友人が、バイクなど乗るはずがないし、会話に出てきたことすらない。すると、

「乗ったことあるよ、骨折したけど」

と、意外な返事がきた。それでもバイクを含む乗り物全般が好きなのだそう。

 

さらに「ネタ」は続く。

「ちなみに、バイクで事故った後にヘリコプターの免許とったんだよね」

なんと、地上の乗り物で痛い目にあった彼女は、今度は空へと飛び立ったのだ。

 

しかしここでも苦難は続き、普通ならばすんなり「免許取得」となるはずが、友人の場合、そうはならなかった。

そして、他人と比べて5倍以上の手間暇かけて、ようやく免許を手にしたのだそう。

 

大好きな「乗り物」のためならば、どんな努力も厭わないのが彼女の長所といえる。

 

「なんか、オマエが運転したら墜落しそうだな・・・」

わたしがつぶやく。

「たぶんね笑」

いやいや、笑いごとではない。仮に彼女と二人でヘリコプターに乗ったとして、まずやらなければならないのは、操縦席の交代だ。

無論、わたしはヘリコプターなど操縦したことはない。それでも、彼女がスティックを握るより、わたしが握ったほうが生存確率が上がる気がするのだ。

そして彼女自身もそれを認めた。

 

「とりあえず、なるべくフカフカな草原を探して、なるべく低いところまで下げるから飛び降りろ。あとは救急車に任せよう」

 

我々のヘリコプターの旅は、こうして幕を閉じるだろう。そのためにも、わたしは操縦方法をYouTubeで予習し、友人は受け身を取る練習をすることにした。

――これが、もっとも安全で賢明な選択となるに違いない。

 

 

乗り物好きの彼女は、身の安全も含めて「誰かの運転に乗っかる」とか「ただただ眺める」ほうが好きらしい。それはバイクや車に限らず、電車や飛行機、船舶といった大型の乗り物も含めての話だ。

もちろん、まずは自ら運転を試みるのだが、毎度ことごとく散るのがルーティンのため、仕方のないことではある。

 

それでも胸を張って「乗り物が大好き」といえるのは、紛れもなく才能だろう。

 

どんな形であれ、好きな状態を保てることは才能でしかない。様々な角度で物事を見ることができるからこそ、「好き」のポイントをいくつも持っているのだ。

そして「物事の楽しみ方を知っている」という時点で、賢い証拠である。

 

根詰めて何かをするのが正しいわけじゃない。結果ばかりを求めるから苦しくなるのであって。

一歩引いて、ただ眺めるだけの、あるいは身を委ねるだけの楽しみ方というのも、悪くないかもしれない。

 

Illustrated by 希鳳

Pocket