人間特有の、ペットに対する迷惑な擬人化

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人間の言葉すら一切信用しないわたしは、動物の態度や表情から読み取れる「言葉」など、さらに信用していない。なぜなら、人間が抱く感情を動物が同等に発しているとは、とうてい考えられないからだ。

「あら、悲しそうな顔をしているわ」

「そうだねー、嬉しいよねー」

・・・それはハッキリ言って、おまえの勝手な思い込みだろう。

 

とはいえ、それがまったくのお門違いだとまでは言わない。久しぶりに飼い主と会った時やエサやおやつを目の前にした時など、犬は尻尾を振ったり全身を使って喜びを表したりするわけで、それはさすがに「喜んでいない」とは言えず、擬人化を否定できないからだ。

また、なにかを恐れたり嫌悪感を示したりするときも、明らかにそういった表情や態度となるので、それを無視して近づけば痛い思いをするのは当然のこと。

 

だが、そういう簡単な感情ではなくもっと深いやり取りを、人間の勝手な思い込みで「こう思っているに違いない」と判断するのが、わたしはどうも好きになれない。

 

無論、思い込むのは当事者の勝手なので、それを止めろとは言わない。しかし、殊に病状の確認をしたい時に、実際の状態ではなく「苦しそうな顔をしている」とか「気持ちよさそうに寝ている」などと言われると、沸々と怒りが込み上げてくるのである。

人間の目から見た表情など当てにならない。もっと事実を・・たとえば呼吸の様子や水の飲み方など、普段と異なるしぐさや行動があればそういったことを知りたいのだ。

 

・・などと、わたしに代わって乙の世話をしてくれる親には言いずらい小言だが、それでも乙の呼吸がどうなっているのかを的確に知りたいわたしにとって、「静かに眠ってると思う」「おっかない顔をしなくなった」という感想は、観察者としては失格だと言わざるを得ない。

 

必要以上の感情移入は、最終的には本人の精神すら蝕む恐れがある。例えるならば、恋人に依存する"アレ"に似ている。他人の心など掌握できるはずもないのに、「愛してるよ」の乾いた呪文を求めて心酔する、おめでたい人々の心境だ。

測ることのできない微妙な愛情などよりも、何らかの形で目に見える・・あるいは手で触れることのできる現実がほしいわたしは、どうしても曖昧な恋愛環境を受け入れることができない。そして、その見事な思い込みや盲信っぷりは、往々にして現実とかけ離れている場合が多いわけで。

 

 

「ほらみて、こんなに静かに気持ちよさそうに寝ているの」

という嬉しいメッセージとともに、乙の寝姿が撮影された動画が母から送られてきた。おぉ、それは朗報だ・・と楽しみに動画を開いてみると、なんとそこには無呼吸症候群のため、呼吸をしていない乙の姿があった。

(・・おいおい、これのどこが気持ちよさそうに寝ているというのだ)

どうやら母は、静かにうつ伏せている乙を見て「気持ちよさそうに寝ている」と思った模様。どれだけ動画の音量を上げたところで、スーともピーとも呼吸音のしない乙を眺めながら、なぜそんな解釈になるのか理解に苦しんだ。

 

(事実を知るのが怖いのか?いやちがうな。見た目だけで判断しているからか)

そういえば母は、口呼吸のせいで唇が渇き歯がむき出しとなった乙を見て「あら嫌だ、こんな怖い顔をして」と、見当違いな発言をしたことがある。

なぜ牙を見せて怖い表情するのかしら・・と母は言うが、それは乙が好んでやっているわけではない。口呼吸のせいで口内が乾いて、歯の表面に貼りついてしまったことくらい、考えればわかるだろう。それを「怖い顔をして」とは、まさに開いた口が塞がらない。

 

そして、このような誤解を生む観察結果は、病状の確認においては非常に迷惑で判断を遅らせる要因となる。だからこそ、感情移入はしないほうがいいのだ。感情よりも事実のほうが重要なのだから。

 

 

抗がん剤治療を始めた乙の状態が、果たしてどれほどのものなのか。目に見えて効果が現れているとは思えないが、それでも悪化はしていない様子。

相変わらず夜は眠ることのできない哀れな乙だが、食欲だけは旺盛で大いに結構。これに乗じて、なんとか腫瘍が縮小してくれることを願いたい。

 

llustrated by おおとりのぞみ

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