森のアイスクリーム「アテモヤ」と、食べかけで貧相なデコポン

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「デコポンを一気に15個も食べるなんて、信じられない!」

膝の上で寝ているフレンチブルドッグの乙(おつ)を撫でながら、父は驚きを隠せない表情でそう呟いた。なぜなら彼は、デコポンを半分も食べずに放置したからだ。

 

シンクの近くにポツンと置かれたデコポンは、半分だけ皮をむかれた状態。しかもその皮で、残りの果実を無理矢理覆ってあり、あやうくゴミと間違えそうな残念な見た目となっている。

(こんなとこに置いておけば、食器洗ったときに洗剤が飛ぶじゃん・・)

目の見えない父にとっては、まさかこの距離でデコポンに洗剤が飛び散るとは思わなかったのだろう。だが目が見えるわたしからすると、この距離は水しぶきがとんでもおかしくない近さである。

さらに貧相な皮のマントをかぶったデコポンは、その隙間から果実が顔をのぞかせているわけで、せめて皮をむいていない側をシンクに向けておけばいいのに・・と思わずにはいられなかった。

(・・・ま、いっか。わたしが食べるわけじゃないし)

そんな無責任なことを思いながら、父になでられる乙を眺めた。

 

わたしの顔など見たこともない父は、わたしが友人から「顔がまっ黄色だ」と心配される話をしたところ、自分の手を差し出しながら、

「どんな手の色をしてる?やっぱり黄色いか?」

と、娘の健康よりも自らの柑皮症について気にしていた。どちらかというと薄ピンク色で、傷一つない無職の手のひらは、柑皮症の「か」の字も該当しない。

「最近、デコポンを食べ過ぎてる気がしてな」

いやいや、一度に半分も食べられない分際でなにをほざくか。こちらはおよそ4口でデコポン一個を消し去るわけで、誰もが認める筋金入りの柑皮症なのだ。

 

するとそこへ、見たことのないフルーツが登場した。その名も「アテモヤ」。南国フルーツらしい独特の風貌からは、ドラゴンフルーツやドリアンが思い浮かぶ。

「今日がちょうど食べ頃らしいのよ」

そう言いながら、母がアテモヤを半分に切って差し出してきた。

 

アテモヤは、世界三大美果(ドリアン、マンゴスチン、チェリモヤ)の一つである「チェリモヤ」と、「バンレイシ(別名『釈迦頭/シャカトウ』)」を掛け合わせて作られた、奇妙な見た目のフルーツである。

しかしその謳い文句は「森のアイスクリーム」となっており、とんでもないネーミングをつけたもんだ!と呆れてしまった。

 

アテモヤの断面図からは、乳白色の果実に黒豆ほどの種が大量に埋もれていることが確認できる。

(こんな食べにくいもの、二度と口にしないだろうな・・)

食べる前から失礼な話だが、スイカの種の存在くらい邪魔になりそうな、それでいて大粒の種を取り除きながら食べるなど、想像するだけで面倒である。たとえどんなに美味くたって、そんな手間暇かけてまで食べたいと思うほど美味いフルーツなど、あるはずもないからだ。

 

(・・・う、う、美味いじゃないか!!!)

 

なんだこれは!?果肉はまさに、ミルクアイスクリームのような甘さと滑らかさである。こんなにもトロっとした舌ざわりの果物が、存在するのだろうか?

しかも、種に絡みついた果実をツルっと吸い込むその感触は、マンゴスチンそのもの。なるほど、さすがは南国の血を引くフルーツである――。

まるで高級メロンを、外皮ギリギリまでスプーンでえぐり取るかのように、わたしはアテモヤを全力でこそぎ取った。もはや外皮に穴があいてしまったが、そんなのお構いなし。むしろ、外皮ごといってしまってもいいのではないか?と錯覚するほどに手が止まらなかった。

 

あっという間に、手渡されたアテモヤを食べきってしまったわたしは、母におかわりを要求した。こんなにも濃厚で滑らかな、アイスクリームそのものであるかのような果物が、この世に存在するだなんて信じられない。この機会を逃したら、もう二度と口にすることはないかもしれない――。

さっきまで「もう二度と口にしない」と、偉そうに言ったことなどどこ吹く風。わたしは無我夢中でアテモヤにしゃぶりついた。

美味い、美味すぎる!!

 

「デコポン、食べるか?」

 

乙の背中をなでながら、父がとんでもない球を投げてきた。そう、彼は目の前でわたしがアテモヤを食べていることを、知らないのだ。

そしてさっきからずっと、デコポンを一気に15個も食べる話が頭から離れない様子で、わたしがデコポン好きなのだと勘違いしたのだ。

 

しかも、今すすめようとしているデコポンは、あのシンクの端っこに置いてある、食べかけのデコポンではなかろうか――。

「今はいいや」

父とデコポンには申し訳ないが、アテモヤを差し置いて他のフルーツを選ぶ勇気はない。ましてや皮をむいてから時間のたった、食べかけで貧相なデコポンなんて――。

 

「・・まぁ、せっかくだからもらっておこうか、デコポン」

別にデコポンが好きなワケではない。だが、もう少しで跡形もなく消えるアテモヤと、まだたくさんありそうなデコポンとを比べると、質より量を選ばない理由はない。

洗剤が飛び散ったかもしれない食べかけのデコポンだが、一回くらい食べたとて死にはしない。えぇい、女は度胸だ!

 

こうしてわたしは、奇跡のフルーツ・アテモヤを2個と、父の食べかけのデコポンを半分食べた。顔や手足がまっ黄色の娘に、追い打ちをかけるかのようにデコポンをすすめる父の気持ちは分からないが、とにかくデコポンはいくらでも食べられる。

そしてわたしは、2つ目のデコポンに手を伸ばすのであった。

 

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