ディストピア・マンション

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マンションが一つの国だとすると、そこ住む居住者は国民となる。そしてその国の民度は、ゴミ置き場を見ればわかるものだ。――URABE

 

 

集合住宅で暮らす人間にとって気になることといえば、音やニオイといった「他人の存在感」だろう。実家ならば気にもならない会話や笑い声が、赤の他人から発せられたと気づいた瞬間、明確な憎悪へと変わる。

とはいえ、テレビから聞こえる赤の他人の声や音は気にならないくせに、実生活で聞こえる赤の他人は許せないというのも、解せないといえば解せないが。

 

常に聞き耳をたてて警戒しているわけではないが、他の部屋から物音がすると、どこの部屋から発せられた音なのかを突き止めなければ夜も眠れなくなる。――これを我慢すると殺人事件へと発展するので、早々にマンション管理会社へ相談することをお勧めする。

 

そしてもう一つはニオイだ。実家で母親が作る夕飯のにおいは食欲をそそるものだが、マンションで見知らぬ誰かが作る夕飯のにおいには嫌悪感をそそられる。同じ料理なのに、なぜ素直によだれが出ないのか不思議だ。

とはいえ、たとえば料理や花といった基本的に「いいにおい」に分類されるものは、まだ許せる。だがベランダで煙草を吸われた日には、罵詈雑言は避けられない。――なぜ窓を解放する権利を奪われなければならないのか、思い出すだけでも怒りが込み上げてくる。

 

そしてもう一つ、においとともに人間性が問われる場所がある。それは「ゴミ置き場」だ。

別名を、

「日常的に隣人と会うことの少ないマンションにおいて、唯一、居住者同士が間接的に集合する場所」

とも呼ばれるゴミ置き場。各人のゴミ袋を開けて中身を確認するわけではないが、「ゴミのつくり方」を見ればおおよそ、どのような人間なのかがわかる。

 

かつて私はスーパーのレジ袋にゴミを溜め、それが一杯になったらゴミ置き場へ捨てていた。だがある時、ごみを捨てに行こうとエレベーターに乗ると居住者の女性と一緒になった。

彼女は透明で大きなゴミ袋(45リットル)を持っていた。さり気なくそのゴミ袋を見ると、中にはレジ袋が4つほど入っている。さらにレジ袋の中には細かく裁断された郵便物や雑誌、きちんと折りたたまれた菓子の空箱などが薄っすらと確認できる。

 

それに比べて私の左手には、洗ってもいないコンビニ弁当の空容器や、折らずに入れた割り箸がビニール袋から突き出た、だらしないレジ袋がある。

 

――私は思わず、左手ごと背後へ回した。

 

それ以来、ゴミ作りに精を出すようになった私。箸や箱のように、ビニール袋を破る可能性のあるものは極力小さくし、食べ物の容器や包装紙は水で洗い流してから捨て、外から見て不快なものは紙で包んで処理するように心掛けた。

 

――ゴミは捨てるもの。だがゴミ収集車へ投げ込まれるまでは、誰に見られても恥ずかしくない立派なゴミにしてやる!

 

また、自分が徹底していることは他人の様子が気になるもの。先日、エレベーターで乗り合わせた男性居住者は、かつての私を見ているようだった。いや、それ以下だった。

レジ袋の口が少し開いており中身が見える。そこには、食べ終わってそのまま捨てたであろうコンビニ惣菜の空容器、宛名がそのまま読める郵便物、すすいでいないペットボトルの姿が。そしてきわめつけはビールの空き缶。――さすがに殺意がわいた。

 

「その空き缶、まさかそのまま捨てないよね?」

 

男性は私の質問を無視したが、少なくとも自分のゴミが他人に監視されているという恐怖は忘れないだろう。

――そう、我がマンションではディストピアが実現しているのだ。

 

 

民度が上がればマンションの質も上がる。顔や髪形、服装など自分の見た目ばかり気にせず、自分が作ったゴミの中身こそ気にするべき。

なぜなら、ゴミ置き場のゴミこそがマンションの素顔を表すからだ。

 

あなたの身近な「ゴミ警察」が目を光らせていることを、お忘れなく。

 

 

サムネイル by 希鳳

 

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