「すみませーん、ビール飲めますか?」
がらんとした店内から店員が出てくる。
「ごめんなさい、酒類の提供はしていないんです」
こうして何人、いや何十人の客が、店の床を踏むことなく背を向けたことだろう。
そして数軒先を見ると、道路まで連なる客の列が見える。その店はアルコールを提供しているのだ。
色々と思うところはあり、言いたいこともあるだろうが、現実はこれ以外の何物でもない。
*
2日連続で会食の機会に恵まれた。
しかも両日とも「焼肉」だったので、わたしにとってはダブルラッキー。
この2日間で学んだことは、同じ焼肉と言えども「日本の焼肉」と「韓国の焼肉」の違いについてだった。
日本の焼き肉はカルビやロースなど牛肉がメインで、客が自ら肉を焼く形式。
しかし韓国の焼肉は「サムギョプサル」など豚バラがメインで、かつ、店員が焼き上げてくれる。
韓国料理好きのわたしからすると、店員が見事な手さばきで調理してくれる韓国式のほうが、見ごたえもプラスされてより美味しく感じる。
とにかくわたしは「肉」が好きなので、ただひたすら肉を食べる。
昨日など、クライアントとのミーティングを兼ねた会食だったにもかかわらず、序盤から無言でトングを肉へと伸ばし続けた。
和牛特選カルビをそっとつまむと、網の上にサッと敷く。焼きムラが出ないよう、炭の火力に合わせてまんべんなく広げておく。
(ここで会話に耳を傾け、それとなく頷く)
続いて、和牛ヒレをつかんで七輪のど真ん中へ寝かせる。まるでプロテインバーのような大きさの分厚いヒレ。6面を炙る必要があるため時間がかかる。
ここで同時にホルモンも網へ乗せておく。
ホルモンはブヨブヨした脂を天井に、ツルっとした皮を炭側にして焼くのが基本。
意外と厚みがないため、七輪の端っこにいくつか並べておこう。
ここまでくると一仕事終えた感がある。
最初に乗せたカルビをひっくり返しながら、皆さんのほうへ顔を向けて力強く頷く。
ーーたとえ話を聞いていなかったとしても、この会議にかける熱量を伝える手段として、力強く首肯しておくことこそが礼儀!
そうこうするうちに、カルビが食べごろを迎える。ベストな状態でいただくとしよう。
ーーこの一連の動作を繰り返すこと一時間。わたしの胃袋も満足してきた。
「追加で注文しますか?」
ウチの優秀なファシリテーターが気を利かせる。
「じゃあ、特選カルビをもう一回食べようかな」
聞かれてもいないのに、わたしが答える。
「××さん、さっき特選カルビ一枚も食べてないですよね?」
クライアントが余計な情報を差し込んできた。
「えぇ。気づいたら肉がありませんでしたからね」
横にいるわたしを睨みながら答えるファシリテーター。
こうして第二ラウンドが始まるのだ。
*
この店はアルコール提供をしていない。
少なくとも、テーブルについて最初のドリンクをオーダーする時までは、そうだった。
しかし2回目のオーダーの際、店員が小声でささやいた。
「内緒でアルコール、いいですよ」
回りを見ると、明らかにハイボールやカクテルらしきグラスが見える。もちろん空っぽになったノンアルコールビールの瓶も、大量に並べられているのだが。
ーーやはり焼肉といえばビールやハイボールが付き物なのだろう。
そんなことを思いながら、わたしは清涼飲料水「ホッピー」をグビグビと飲み干した。
*
そして本日は韓国焼肉を訪れた。
友人はとにかくビールが飲みたかったらしく、通り沿いの店へ片っぱしから声をかけ、
「ビール飲めますか?」
を繰り返していた。
勝手な考えだが、カレーならばビールは要らないだろう。パスタや軽食も、ビールと言うよりは料理を食べる目的で入店するイメージ。
だが、焼き鳥や焼肉といった煙がモクモクするような店には、ビールが必要ではなかろうか。
ビールを飲まないわたしだが、炎天下で汗をダラダラ流しながらビールを欲する友人に、なんとかしてビールを飲ませてやりたかった。
とそこへ韓国料理屋が飛び込んできた。店内を覗くと客でビッシリ埋まっている。
「ビール飲めますか?」
「ええ、飲めますよ」
タイミング良く、会計を済ませた客と入れ替わりで我々の席が確保された。
ビールの友人は、子供のような無邪気な笑顔で額の汗を拭っていた。
*
たった一杯のビールで、言葉にならないほどの幸せを感じる人間もいるらしい。
そんなちっぽけなことで幸せになれるのなら、なんとか叶えてやりたいものだ。
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