北関東の友人の家を訪れた。
誰もいないであろう部屋のドアを開け、一歩踏み込んだ。
暗闇の奥に、緑色に光る玉が1つ。
(蛍光塗料か?)
もう一歩、歩みをを進めるとその玉が2つになった。
(・・・目?)
部屋の電気を探し当て、スイッチを押した。
明るくなった部屋の奥に、一匹の黒い子猫が固まっていた。
猫の耳が、あんなにもぺったりと寝るものか。
背中はまるでステゴサウルスだ。
初対面の黒い子猫は、まさか真夜中に、まさか見ず知らずの人間が、まさか自分の寝床(テリトリー)に侵入してこようとは、思いもしなかっただろう。
その表情ときたら、本能丸出し。
あんなにも驚き恐れる顔など、作ろうと思ってもできまい。
さらに一歩、怯えて失神しそうな子猫に近づく。
子猫は限界まで目を見開き、背中の毛という毛を逆立て、硬直している。
私は不意に手を出してみた。
子猫はビクーッとなり、背中が三角にとんがった。
我々はしばし、にらみ合った。
私はおもむろに、すり足で子猫に近づいた。
ギャァァーーー
(※多分、ニャァァー)
子猫は恐怖と混乱から声帯がつぶれてしまったような声で鳴き叫んだ。
そしてそのまま、オットマンの向こう側へ転がり落ちた。
転落後も、見えないところから恐怖の悲鳴が続く。
あまりにも哀れなので、私はその部屋を後にした。
――数分後
ブギャァァーー
子猫とは思えない低いうなり声を上げながら、黒猫が私のところへやってきた。
振り向くと、頭にグレーの布?冠?をかぶった状態のヤツが、警戒心むき出しで立っている。
頭のそれをよく見ると、大量のホコリだった。
ちっぽけな子猫は精一杯の虚勢を張り、一定の距離を保ちながら、間違いなく私を威嚇しに来たのだ。
――順番からいくと、今の時点では私が一番の新参者だ。
ヤツにしてみたら、自分のほうがヒエラルキーは上だからな、と言いたかったのだろう。
ビビらせやがって、と白黒ハッキリさせたかったのだろう。
とりあえず私は無視をした。
すると、ホコリをかぶったまま私の足元へやってきた。
ギャァァーと相変わらず威嚇しながらも、私の足の甲を踏んづけて通過していった。
あれがヤツなりの精一杯のマウントポジションだったのだろう。
これにより、この家における最底辺が私であることが確定した。
*
翌朝、草むらを歩いていると突如、ブーーーンという音とともに、中指くらいの大きさのものが飛んできた。
サッと身をかわしたが、中指はそのまま飛行を続けている。
間もなく着地をしたそれは、なんと、バッタだった。
バッタがあんなにも長時間飛行するなど、見たことがない。
少なくとも、東京のバッタ(そもそも東京でバッタを見る機会もないが)は、ピョンと跳躍はするだろうが、ブーーンとは飛ばない。
大自然の昆虫は、退化しないのか進化しているのか分からないが、我々が把握している昆虫の域を超える動きを見せた。
昨日、見事な蚊取りを披露してくれた有村が、本日も再びレアな知識を提供してくれた。
「バッタは孤独相(こどくそう)と群生相(ぐんせいそう)にわかれるんだよ」
(・・そうですか。さほど興味はないが、とりあえず聞いておこう。)
「日本のバッタは孤独相しかいないから、蝗害(こうがい)が発生しないんだよ」
(言葉の意味がわかりませんが、とりあえずしゃべらせておこう)
「群生相は狂暴で、緑色の服を着た人の服まで食べるんだよ」
(バッタ、アホなの?)
有村の話をまとめると、緑色のバッタは孤独相といい、日本に生息するほとんどがコレらしい。
孤独相は穏やかな気性で、飛行もしない。
そして孤独に生きているので、集団化して災害を巻き起こすこともない(少ない)らしい。
一方、群生相と呼ばれるバッタは黒色で、集団で移動するうえ狂暴だ。
さらに、一日あたり100キロ以上飛行するらしい。
現在、アフリカや中国などで蝗害を引き起こし、農作物に大ダメージを与えているのが、コレだ。
つまり、有村説によると、日本に群生相はいない。
だが、さっき私めがけて飛んできた中指サイズのアレは、いま思えば黒色だった。
これ以上は恐ろしいので考えることを止めるが、異常気象に新型コロナなど、自然界の変異はこれからも続くだろう。
となると、日本のバッタが、孤独相にもかかわらず群生相並みの狂暴さと飛行距離を身につける可能性を否めない。
その結果、未曾有のバッタ災害を招きかねない。
――北関東の大自然は、アフリカや中国に匹敵するポテンシャルを秘めている、ということを知った一日だった。
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