有村蚊純(アリムラカスミ)

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蚊取り歴8年の、有村蚊純(アリムラカスミ)名人が目の前にいる。

いま、蚊取りにおける達人レベルのデモンストレーションを披露してくれた。

 

 

――私は、蚊に刺されやすい。

過去には、蚊に刺されてアナフィラキシーショックを起こしかけたことすらある。

また、ものすごい腫れ方をして、病院で切開してもらったこともある。

どれだけ美味い血液だとしても、こちらからしたらいい迷惑である。

 

 

関係ないが、私はモスキート音に引っかかる性質がある

前世は、蚊あたりだったのだろう。

だからこそ、仲間がこぞってやってくるのかもしれない、と思うと合点がいく。

 

 

――話を有村に戻そう。

 

有村が蚊取り名人だったことを、私は知らなかった。

 

有村の手は、まるでクリームパンのようにふっくらまん丸い。

昆虫を触る(殺す)など不可能と思われる、真っ白なマシュマロ肌。

もっと言うと、顔は女優の有村架純にソックリ。

 

その有村が、私に寄ってきた蚊を叩きつぶした。

そう、見事な「タテかしわ手」を打ったのだ。

 

――かしわ手とは、神社などで神を拝むとき、両手を合わせてパンッと音を鳴らすことをいう。目的としては、神や貴人への強い畏敬の念をあらわすとされる。そのかしわ手を、上下でタテに打ち鳴らしたため「タテかしわ手」と命名した。

 

タテかしわ手を打つまでの虚無感がすごかった。

警戒心の強い私ですら気づかぬほどの、殺気を一切感じさせない「無」の状態。

 

むしろ、そのかしわ手によってこちらが驚かされたほど。

 

そして有村のクリームパン(手)には、見事に蚊がつぶれてくっ付いていた。

吸血前のため、キレイな死にざまだ。

 

私は今回、幸いにもその一部始終を見届けていた。

そこで、蚊取り名人がいかにして蚊を仕留めたのかを、コマ送りでお伝えしよう。

 

 

 

 

有村の眼は据わっていた。

さらにメガネ越しに見る眼は、廃人のようだ。

 

いったい何があったのだ、と尋ねたくなるほどの荒廃ぷり。

これこそが、蚊の警戒心を反らす秘訣なのだろう。

 

ターゲット(蚊)がやってきた。

数秒後に息絶えることなどつゆ知らず、ぷーーんとのんきに飛行している。

 

蚊が私の方へ近づいてくる。

――あぁ、また蚊にやられるのか

 

そう腹をくくった瞬間、

 

パァンッ!!!

 

聞いたことのない重さのかしわ手が鳴り響いた。

 

私は思わずビクッとなった。

 

目の前には、有村のクリームパン(手)が置かれている。

有村の眼は、据わっている。

 

ゆっくりと、クリームパン(手)が開かれる。

その中央には、

さっきまでのんきに飛行していた蚊が、死んでいた。

 

 

「え、すごくない?あの一発で?」

 

「うん。8年間一度もミスしたことない」

 

 

廃人のような表情で、有村は静かにつぶやいた。

 

惚れ惚れするような叩きっぷりに、私は秘訣を乞いたくなった。

 

「まず、視界に蚊が入ったら仕留めるモードに入る。

浮ついた気持ちではなく、間違いなく仕留めると」

 

(あの廃人のような表情は、ゾーンに入ってたのか)

 

「次に左手をそっと、蚊の下部15センチあたりに添える」

 

(虚無感というか脱力感がすごすぎて左手の存在に気付かなかった)

 

「手のひらの範囲内に来たら、瞬間的に右手を左手に叩きつける。

カスタネットを叩き壊すくらいの勢いで」

 

(にしてもものすごいかしわ手が鳴ったなぁ・・)

 

以上が一連の動作だ。

有村がこの「タテかしわ手法」を体得したのは、今から8年前のこと。

 

「蚊はわずかな風でも影響を受けるの。

横からのかしわ手だと、その風圧で蚊が飛ばされる。

だから、上から下に瞬間的に叩きつぶす『タテかしわ手』がベストなんだよ」

 

まん丸い顔に似合わないロジカルな講釈を垂れる有村。

 

そこへ、2匹目の蚊がのんきにふらふらと迷い込んできた。

有村の目つきが豹変した。

 

(ゴクリ・・・)

 

パァンッ!!!

 

静寂をつんざくように、有村のタテかしわ手が鳴り響いた。

 

手のひらど真ん中よりやや小指側で、蚊2号は死んだ。

 

「天晴(アッパレ)」

 

この一語に尽きる。

 

蚊取り線香などの文明の利器より、有村がいてくれたら私は快適な夏(≒モスキートライフ)を過ごせるだろう。

 

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